日々垂れ流し。
by pyababy
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魅力の基準。

本を読む人は、僕にとって魅力的な人だと思っていた。
それは僕が尊敬する人や、魅力的だと思う人は、どの人間もある程度の読書をこなしていたから。だから、本さえ読んでいれば魅力的な人間なのかと思っていた。

でも実際はそうじゃないと、深く思った。

先日、とある作家のオフに行ってきた。
その作家が好きな人の集まりなら、魅力的な人が多いかもしれない。
そんな期待をしながらいってみたが、そうでもなかった。

作家の本という共通点があるだけで、魅力的な人が溢れているわけでもなかった。
いうなれば、同じ食べ物が好きな集団となんらかわりない。もちろん、話のきっかけは作りやすいし、好きなものに対しての会話は盛り上がる。でもそれだけで、それ以上の魅力は特に感じなかった。(もちろんこれは人によるけど。)

その理由を考えた。
多分、考える読書をしていないから。
小説を読むことは面白いが、面白いでとまってしまっているから。
いうなれば、ぼーっとテレビを見るのと何ら変わりない。
その行為はその人自体をなんら高めなくて、魅力すら持たさない。

そう考えていくと、何故読書をしていた人間を魅力的だと思っていたかが理解できてくる。要するに、僕が魅力的に思っていたのは、読書をしていたからではなく、読書をきっかけとして何かを考えていたから。読書はきっかけにすぎず、それを読み込もうとする行為、読んで自分で考える行為自体が、何らかの魅力を生み出しているのだろう。

本を読んでいるだけじゃ魅力的とは言えない。
何を読んでいるのかも大事だし、どう読んでいるのかも大事。そこを見落として、読書さえしていれば人間的魅力が向上すると思っていた僕は、馬鹿だった。
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by pyababy | 2009-01-25 02:16 | 日常
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