日々垂れ流し。
by pyababy
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bathroom gloom

お風呂に入るのが憂鬱である。
お風呂場に入ると僕の中で何かのスイッチが入り、このまま働いていくコトへの不安や、学生でいられる残り日数などを考えてしまうのであった。お風呂場にはテレビや本など自分以外の刺激が全くないために、一度考え出すときりがなく、お風呂を出てドライヤーを当て始めるまでそれら以外のことが考えられなくなる。ああ本当にこの選択でよいのだろうか。今更ながらそんなことを思ったりもするのであった。我ながら馬鹿馬鹿しいお風呂タイムである。

自分の中ではいくつかの人生プランがある。
過去に存在した人生プランのいくつかは、今の段階でボツになった。小さいころに誰もが夢見た野球選手や宇宙飛行士と行った非現実的な夢はそもそも持たなかったため、実のところ中高生の段階でボツになった人生プランというモノは存在しなかった。中高生の当時から現実ばかりを見て夢を追わない現代っ子の代表のような考え方をしていたのであった。その考え方は今も変わらず、良くいえば地に足のついた、悪くいえば夢のない考え方をしている。それゆえにプランがボツになってきたのは、ここ4-5年の話であった。

プランがボツになるにつれ、新しいプラン-すなわち代替案-を考えたりする。
プランを立てた当時はあまり情報を持っていないために、立てたプランなど振り返ってみればゴミ以外の何物でもない。22歳で結婚しているはずのプランなど、現実をあまりにも知らなさすぎたプランであったと思う。世の中を知るにつれ、より鮮明になっていき夢がふくらんでいくプランと、より鮮明になることで不可能であることを理解せざるを得ないプランが出てくるのであった。

プランの軸となるモノは、今も昔もさして変わっていない。
「今と変わらない自分であり続けること、そして、何かをやりたいと思ったときに行えるだけの能力を持った自分であること。」という2つの軸である。前者には深い意味はないが、今の自分が好きなのである。世の中をなめきっていたり、それでいてどこか素直な部分を持っていたり、友人らを素直に尊敬することのできるような今のままの自分が好きなのだ。嫌いな部分も色々あるが、それを嫌いと思える自分でいることさえできれば、それでいいと思っている。後者は、今までの人生においても大切にしてきたことである。将来起こるかも知れない何かに備えて、今を生きる。その思想があるからこそ、つまらないと思えるモノも無難にこなすことが出来ていたし、新しく何かを行うにあたって苦労するということもほとんど無かった。将来何かをやりたいと思ったときに、それを諦めてしまう自分にだけはなりたくないと強く思う。

僕は成長したのだろうかという根本的な問いを自分に課すことがある。
最近はあまり成長した気がしない。何となくではあるが、足踏みをしているように思える。前に進んでいる気がしないのであった。その理由は今日一番最初に書いたことに起因するのだと思う。自分の将来を明確に決め切れていないことが、自分にとっての何かの枷になっている。自分は一度何かをやり出すと、徹底的にそれに打ち込む気概がある。それゆえに、打ち込む対象はしっかりと見極めなければならないというのが今までの人生から学んだことである。決めきれない理由は間違いなくここである。まだ他の選択肢もあるのではないかという思いがある状況で、自分の全てを決めたくはないのであった。

常々思っていたことではあるが、決める強さと決めない強さがあるのではないだろうか。
決めてしまえば、それ以外には目もくれず行うことができるために、より深く、強くその物事を行うことができる。これが決める強さである。その反面、他の道が見えなくなったりすると行った弱さがある。決めなかった場合は、常に視野を広く持つことが出来、直前まで物事を見極めることができるといった強さがある。その反面、決意や覚悟といった部分で弱さを持つ。

僕はどちらかといえば決めない強さというものを重視してきた。
色々な可能性をギリギリまで考え尽くす。そのことによって間違わない選択というものを自分の中では行えてきたと思う。でもそろそろ何かを決めて、攻めに出てもいいのではないか。今日のお風呂場も、相変わらず僕の憂鬱を増やしていくのであった。
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by pyababy | 2009-09-05 01:47 | 日常
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