日々垂れ流し。
by pyababy
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勉強と安心。

勉強していると、安心してしまう自分がいた。
多分それは、何も考えなくていいからだ。

これからの人生がどうなるだとか、生きている意味だとか、
そんな難しいことを考える必要は全くなくて、
目の前にある「簡単」な勉強をすればいいのである。

それゆえに、何かに繋がるわけでもない勉強をしているときだけは、安心できた。

ある意味一種の逃げだ。現実逃避と変わりがない。
だけれども、勉強=良いことという刷り込みのおかげで、罪悪感がない。

これは、司法試験の勉強をしているときに幾度となく感じた。

勉強しているときだけは、自分の将来がどうなるのかだとか、
弁護士になって何をしようだとか、受からなかったらどうしようとか、
そんなめんどくさいことを考えなくてよかった。

もっと考えないといけないことが沢山あったはずなのに、
それらから目をそらして、目の前にある簡単なものばかり考えていた。

そんな自分が厭だった。
何かから逃げるように勉強をして、安心してしまっていた自分が厭だった。

だから一度、そんな世界から身をひいた。
もっと色々なことを考えたかったから。
これが僕が司法試験から身を引いた1つの理由でもある。

多分、仕事を始めたときには同じような感覚に陥ると思う。
仕事をしていれば「他のことは考えなくて良いから」楽なんだと思う。

そうなったときに、今度は身を引くのではなくて、
意味を考えながら動いていけるようになっていたい。

そんなことを久しぶりに資格試験の勉強をしていて感じた。
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by pyababy | 2010-03-09 01:53 | 日常
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