日々垂れ流し。
by pyababy
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最短距離。

友人が、夢までの最短距離を走るなんてことを言っていた。
彼には悪いが、多分それは無理なんじゃないかなと思う。

僕もかつては、最短距離を走りたがる人間だった。
目的を決めれば、それに対しての最短距離以外に目を向けることはなかった。

だけれども、結果論かもしれないけれども、
最短距離を走ろうと思って最短距離を走ることができたことは今までになかった。

逆説的かもしれないけど、
最短距離なんか目もくれずに回り道ばかりしたときの方が、
振り返ってみたときには最短距離を走れていたように思える。

20数年生きて思うことは、無駄な経験ってのは1つもなくて、
後から振り返ったときにどれも活かすことができるんじゃないかなってこと。

そして最短距離だったかどうかというのは、
後から振り返ったときにしかわからないんじゃないかなってこと。

だから、時間的な最短距離にこだわるよりも、
時間はかかったとしてもその時々の直感に従った行動をしていた方が、
結果的には最短距離を歩めるのかなと思う。

そんなことなんかを日々感じているからか、
20代のうちはできる限りの回り道をしたいなーなんて思ったりしている。

多分それが、社会で求められるところの我慢であったり、
石の上にも三年なんていうことわざに表れているのかなーなんてなんとなく思う。

効率よくとか、要領よくとかそんなことが求められる。
短期スパンでみたときは大切なことかもしれないけど、
長期スパンでみたときは、非効率で要領の悪い行動なのかもしれない。

そんなこんなで無駄な努力っていうのが昔は嫌いだったけど、
今は無駄な努力っていうのが好きかもしれない。
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by pyababy | 2010-03-21 23:46 | 日常
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