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変わるもの変わらないもの
某TVでの渡辺謙へのインタビュー。
その中で彼が言ってたことにすごく感心した。 要約すると、戦勝国のアメリカは硫黄島での戦いを語る人間が生き残っているからそのことについて知ることができるけど、負けた日本の国にはあの惨劇を語る人が殺されてしまったからいなくて、手紙でしかそれを知ることができないんだって話。 僕らの知ってる歴史って、やっぱり戦勝国側が作った歴史なんだよね。 相変わらず何が正しいことかなんてわからない。僕らがこれが正しいって示しても、それを正しいと認めることができる人がいないんだから。逆にアメリカなんかは戦争で戦った人(激戦地となって日本が大敗したようなところの)がちゃんと残ってる分、その人の目で見た歴史、正しい歴史を知ることができる。そんな人たちが作った歴史ってのが今の歴史であると思う。戦勝国が今後のグランドラインを決めるとともに、戦勝国が正義として、歴史まで作ってしまう。 あの時あの場所で、何があって、どうなって、それが今にどう繋がっているかなんて、その当事その場所にいることができた人しか分からない。それを知る手段は、その人が生きているか、手紙や情報として残っていたものだけ。 そんな意味では、今の時代は正しい歴史っていうものを簡単に残せる時代になったと思う。 コミュニケーション技術の発達で、例外はあっても、どこにいる人とも連絡が取れ、その場所の現状を知ることができる。あの戦争の時に、この技術があったなら、戦争をやめる動きってのはもっと強まったんじゃないかって思う。 アメリカにしても日本にしても、相手国が悪であるという認識を政府が植えつけることから始めてる。情報ソースが政府しかなかった当事としては、やはり信じるしかない。今は政府以外にもマスコミ、マスコミがコントロールされたとしても、NETやその他のことで他の国の正しい現状を知ることも可能だ。何が正しいかってことは見極める必要があるけど。 彼らが戦っていたこと、そして得たもの、それがやっぱり今の平和に繋がってると思う。 あの時知りえなかった事実を、今は知ることができる。 そしてそれらについてお互い考えること、議論することができる。 そんなベースを作ってくれた彼らに、改めて感謝したい。 彼らが敵としていたもの、守りたかったもの、 戦争の結果としては守れなかったり、守れたりしたのかもしれないけど、 付随的な結果としては、守れなかったとしても、新しい形で守られたんじゃないかなって思う。 理論上の戦争ってのは、今も昔も変わってないと思う。 武器や手段としての戦争ってのは大幅に変わったけど。 でも戦争ってのはやっぱり、理論や手段じゃなくて、人がするものなんだ。 今でもやっぱり戦争や紛争ってのは続いてる。 それを行う人の心ってのは、あのころと変わったのか、変わってないのか、 それについては僕には答えが出せなかった。
by pyababy
| 2006-12-09 01:34
| 日常
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