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日々垂れ流し。
by pyababy


障害者の気持ちと差別。

リア友のmixi見てたら書きたくなった。
今日は真面目だ。長いしめんどくさいけど読んでほしい。


この日本って国は、障害者というものを隠したがる。
障害者という評価を受けるものは、専用の施設に入れられたり、
僕らの生きる日常世界から出来る限り離れたところに置かれることが多い。
だから僕らは障害者を日常で意識する回数は少ない。

でも実際のところ、障害者の数ってすごく多い。
知的障害だけでも統計的にみたら5%とかその辺だろ。(軽微なのも含めたらね)

それだと20人に一人は障害者ってはずなのに、
日常生活してる限りだと障害者とかほとんど見ないよね。
これはもちろん、障害者を隠そうとする日本の性質が関係してる。
先にいったように、日常と分離して、それを気付かせないようにしてる。

多分これは障害者の家族であったりが、
彼らを家の恥であるとしてきた日本の伝統があるからなんだけどね。
(恥と思わない人もいるから悪い表現だと思うけど、使わせてほしい。)

似たようなのにハンセン病があるのかな。
簡単にいうと、見た目がアレになっちゃうからって理由で、専用の施設に移された。
砂の器とか読めばこの辺の差別とかは詳しいかな。
まあ家族はそれを隠そうとしたり、家族以外も関与を避けたんだよね。

ハンセン病の場合は国の隔離政策は違憲ってことで一応の解決は見せて、
その訴訟の時に少しは世間でも理解されていったのかな。
まあ病気の人自体がもう少ないから、どんどん忘れ去られていくだろうけど。

友達が書いてたのは聾唖者の話。

彼は手話を習っているんだけど、その習っているところで、
「障害を持っている人が常に不幸だと泣いているわけではない。」
「彼らでも楽しく暮らせる社会を作るのが、多数派である健常者の義務じゃないか。」
といったことを先生がいっていたみたいだ。

この考えには同意だし、ほんとに当たり前のことだと思う。

だけどここで思うのは、彼らが本当に何を求めているのかってことが、
健常者である僕らにはまったくわかっていないんだよね。

例えば目の前に目の見えない人がいたとして、
その人を駅まで届けないといけないとして、僕らってすぐにそれを実行できるかな。

僕は正直完璧にこなすことはできない。
ある程度はできると思うけど、彼らが本当に伝えてほしい情報ってのがわからないから。

僕らがなんとなくまたいでいるマンホールが実は危険だったり、
第一彼らのどこを引っ張って案内したらいいのかもわからない。

普通の人ってその程度だと思う。

じゃあなんで僕らってその程度しか知らないのかな。
その理由って、そんなことを習ってないからってのは確実にあるよね。

障害者に対する接し方なんて、受験に関係ないから覚えないよね。
僕らの住む国って、そんなところなんだよ。

でもそれだけじゃないんだよね。
ちょっと言い方きついんだけど、僕は障害者の方にも問題があると思ってる。

先にちょっと書いたけど、
少なくとも僕は彼らが本当にしてほしいことってのがまったくわからない。

例えば弱視の人にずっと付き添ってあげるのが彼らに対する優しさなのか、
必要最低限のことはかれらにさせることが大事なのか。
逆に僕が彼らにできると思っていることができないことかもしれない。

なんでそれがわからないか。
教わってないからじゃなくて、彼らの生の声が届いてないからだよね。

身近にそういう人がいるなら別として、
普通の生活をしている限り彼らの声が僕らに届くことはない。

だからってそこで終わっていいとは思えない。
彼らは彼らで、彼らが何を求めているのかを僕らに伝える責任があると思う。

少なくとも彼らの生の声が僕に届いているならば、
最低限の彼らに対する接し方というものは身についているはずだよね。

今のように、障害者を好奇の目で見ることなんてことも、
彼らがなんでそんな障害を持って、何故そのような動きなのか、
何故手話を使うのか、そんなことがわかれば好奇の目ではなくて、
普通の人を見るのと同じ目で見ることができると思う。

だから、彼らは僕らに自分の声を届けてほしい。

彼らの生の声が僕らに届くことが理想だけど、それは多分不可能。
障害というハンデがある以上、健常者と同じような意思表示は不可能だから。

じゃあ伝えられないのか?
それは明らかに違う。

彼らの周りで生活している彼らの考えをある程度理解している人間が、
彼らの求めているものをもっと多く伝えていくことができるから。

もちろん今でも彼らのことを伝えている人はたくさんいる。
だけど、それが伝わっていない。

これにはマスコミや教育の問題も関わってくるけど、
ある意味彼らの側も伝わらないことを当然と思っているんじゃないかな。

でも少しでもいいから伝えてほしい。
Blogでもmixiでもなんでもいいから。
今は一人の書いたことが100万人に読まれることだって沢山あるんだし。

愚痴でもなんでもいいと思う。
少なくとも僕らは、彼らのことをほとんど何も知らないんだから。

何も知らないんだけど、同じ社会に生きる人間として助け合う必要がある。
そのためにも、必要以上のことでもいいから伝えていってほしい。

彼らに関する情報をもっと世間に流してほしい。
彼らを家の中や施設の中で隠すだけじゃなくて、彼らの思想や求めるもの、
そして彼ら自身のことをもっと僕らに教えてほしい。

多分だけど、彼らへの差別的思考がなくならない原因で一番大きいのって、
彼らに対する理解がまったく足りないからだよね。

そして理解できない理由は情報が少なすぎること。

だから彼らに関する情報を少しでも知っている人は、
健常者でも障害者自身でも、どんどん発信していってほしい。

僕ら多数派の義務が障害者も楽しく暮らせる社会を作ることであるとするなら、
彼らの義務は僕らが彼らのことをもっと知ることができるようにすることだ。

彼らのことがわからなければ、
僕らのための彼らが楽しく暮らせる社会しか作ることができないから。

彼らが楽しく暮らせるためにも、彼ら自身の義務を果たしてほしい。
僕らは、少なくとも僕は、彼らの義務に応えるから。
by pyababy | 2007-10-21 00:39 | 日常
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