日々垂れ流し。
by pyababy
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平穏に過ごす非日常

多分僕らが望むことは、非日常であり、自分が特別であること。
だけれどもその上で普通の生活を望んでる。

あくまで特別であり普通でありたいといった、相対する二つの感情の狭間を生きることで、色々な葛藤が生まれているんだと思う。

あくまで自分の生活の中で、他者と比べて優越していたい。だからわざわざ自ら無人島に出向くようなことはせず、あくまで自分の家で過ごしながらも、自己を特別視しようとする。

そんな日常の中では自分が特別に感じられるわけもなく、アイデンティティの確立という問題に立ち向かわざるを得なくなる。普通の生活をしている中でそんなものが身につくわけ無いのに、自分のスタイルは変えようともしない。

非日常をもとめながらも日常に固執するという矛盾を抱えながらも生きていかざるを得ないこの社会というものは、相変わらず過ごしにくい。

自らの利便性をもとめた結果のはずが、自らを縛り、色々な葛藤を生み出した。

だんだんと僕らの日常は過去の非日常に近づいていき、僕らの求める非日常というものの度合いは上がっていくのだろう。

いやそれよりも逆に、過去の日常を非日常として求める日が来るのかもしれない。

多分今はその過渡期にある。
その状況で過去に今を求めるか、未来に今を求めるか。
僕は出来ることなら未来に今を見ていきたい。

より良い明日が来ることをあくまで求めていたい。
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by pyababy | 2008-01-12 00:20 | 日常
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