日々垂れ流し。
by pyababy
カテゴリ
全体
日常

転職
未分類
以前の記事
2016年 01月
2015年 12月
2015年 04月
2014年 10月
2014年 04月
2013年 12月
2013年 04月
2012年 12月
2012年 01月
2011年 05月
2011年 03月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


情報に縛られて。

情報化社会は情報で溢れているはずが、何故か生きにくい。
その生きにくさの理由が情報の欠如だと言い切る文章に驚きを受けた。

でも冷静に考えてみればそうなんだよね。

昔の方が確かに文字情報や、知ることの可能な情報の種類は少なかったと思う。
だけど、情報の質がまったく違った。

師匠から弟子に受け継がれていく技術という情報は、支障の言葉やしぐさだけでなく、雰囲気や考え方なども一つの纏まった情報として存在していた。

だけど今は、それが文字に書かれているだけ。誰でも知ることが出来るようになったけど、本質的な部分は多分知ることが出来ない。

新聞でもそう。NETでもそう。
一目見れる情報は増えているけど、多分内容は減ってるんじゃないかな。

多くの情報を効率よく伝えるために、伝える内容を必要な部分だけに削った。
そのことが僕らに対して情報の外情報を読み取る必要を与えた。

それを読み取ることに、僕らは疲れているんだと。

昔はそこを読み取るために、人と人との関わりを大切にしていたと思う。
一つ一つの仕草や、目線、声の抑揚なんかからそれらを知ろうとした。
でも今の世の中にある文字情報からは、それらが得られない。
メディアから流れる情報は一方的なもので、画一的なものになってるから、
自分が求める本当の情報が多分手に入らない。

得られないものを埋めるために多分僕らは必死になってる。
そしてそこを埋める能力の差が、意見の食い違いを産む。

2chのニューススレを読んでいるとそこを強く感じる。
同じ内容の記事なのに、感じたことじゃなくて受け取った内容がまったく違う。
感じた内容じゃなくて受け取り方に関する議論が起こる。

その情報のすれ違いに僕らはストレスを感じ、
情報化社会のありがたみを感じなくなっている。

最初の文が載ってた本に書かれていた解決策として、
もっと感覚的な情報を伝えることがあげられていた。

直感的でわかりやすい、もしくは誰もが感覚として理解できる情報かな。

それを伝えるためには、多分文字情報じゃ限界だと思う。
そして映像メディアでも。

多分僕らは知りすぎたんだろうね。
自分の限界以上の知識を欲したから、少ない文字列から最大の情報を作ろうとした。

だからこそ、人の動きや仕草から得られる暗黙知と呼ばれる
目に見えない情報が今になって求められてきたのかもしれない。



蛇足っぽいけど、この辺情報の容量で考えるとわかりやすいよね。
文字情報なんて多くて1kB
映像になると100MB
でも三次元になって匂いとか雰囲気含めたらいくつになんねんと。
多分だけど、言葉以外で伝えられるものがあまりにも大きいんだろうね。
その意味での情報の欠如ってのが多分問題視されていくんだなと。。
[PR]
by pyababy | 2008-02-05 12:56 | 日常
<< 物欲と戦う 過ぎる時間と縮まる歳 >>