日々垂れ流し。
by pyababy
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毎日がeveryday

学生で春休みで、しかも引きこもりときたらほんと毎日がeverydayなんです。
holidayじゃなくてeveryday。曜日感覚なんてものはなくて、今日が祝日というのをバイト先に行って初めて知るわけです。

気付いたら一週間が経っていて、その間に僕がやったことといえば多少の勉強と多少の英語のみ。多分こうやって気付いたら春が来るんだろうなと思うと哀しいような。

よく考えたら春休みなのに全然遊んでなくて、遊ぶ予定もない。
何してるんだろうと思うんだけど、まあよく考えたら受験生みたいなもんだし、きっとこれでいいんだろうなと自分を勝手に納得させます。

大学受験をしていないので高校時代なんかは遊びほうけてただけですし、受験シーズンが二年三年遅れできたと思えば、苦でも何でもないわけで。

あんまり知らなかったんだけど、国公立とか早慶いくのって、結構大変なんだね。
受験スレみたいなのをちょっと見てたら、勉強量がアホみたいというか。

あんな必死にやって、大学に行くんだなと。

僕が行ってる大学のレベルでも、普通に入ろうと思うとそれなりにやらないとダメみたいで。正直なところ大学のレベルは簡単だと思うからあんまり難しい気がしていなかったんだけど、大学生になるのって思った以上にめんどくさいんですね。

今の大学なんて、その頑張りに見合う価値のあるところなんてなさ過ぎるのに、なんでこうみんな受験戦争なんて頑張るんだろうと思ってた矢先、僕の小学校の同期がようやく大学合格を決めていました。

僕の同期共は気持ち悪い学歴の持ち主が多く(東大理Ⅲとか普通にいるw)、その中で唯一彼のみが2浪していました。

彼は元々獣医になるっていう夢があって、それを目指して必死に受験勉強をしていたようです。獣医になる夢ってのは小学生のときから語っていたので、彼と仲いい人なら誰でも知っていたわけですけれども。しかしながら彼は、あまり頭がよろしくなかったのです。

頑張ってるけど出来ない子の典型みたいな感じで。
努力はするんだけどそれが結果として表れないみたいな。

僕なんかはそいつとは逆の典型みたいだったので(はたからみればねw)、その子から結構羨ましがられてたり、嫉妬されていたのを覚えています。

まあその嫉妬っていうのは、僕にたいしてというか、ふがいない自分自身に対するものだったので、僕自身も悪意は感じなかったわけですけど。

そんな話はおいといて、彼が日記に、
「二浪なんてしてまで行くところかと思うやつもいるかもしれないけど、俺はこの二年間で自分の夢をしっかり追って、自分を変えられた。」
みたいな話を書いていました。

まあだからどうやねんといってしまえば終わりなんですが、僕みたいな打算的な考えしか持たない人間にはできないこの、結果だけじゃなくてそれを求めた日々が自分にとって有益だったという考えを、なんかいいなあと思うのです。

僕にしてみれば、正直お前二浪してまで何してるの。
二年捨ててまで何してるの。
なんてことを思うわけです。

全国の浪人生には悪いと思うんだけど、そんな一年二年を捨ててまで入るようなところじゃないと僕は勝手に思ってるんです。

医学部とかは別だろうけど。(だから彼の場合もまあ例外的にいいかなと。)

その大学じゃなきゃできないことなんて、今じゃほとんどないわけですし。
もちろん東大京大でも入れば、そこじゃないと出来ない研究ってのはあるんだけど、そのレベルでもない限りどっこいどっこいというか。

多分こう思ってしまうのは、周りにいる浪人生があまりにもダメだったから。
浪人して大学に入ってきてるはずなのに、真面目に勉強なんかしないで、単位がやばいのサークルが忙しいだのほざいてるのしかいないから。

なんていうか浪人してまで入ったのに、それかよ。
と思ってしまう人間をあまりに多く見過ぎて、僕の中の浪人生のイメージが完全にダメ人間になってしまってたんだよな。

別に実際はそうじゃないんだけど、周りの環境が悪かった。

ついでに僕は、大学っていうものを、ただの箔をつける場所としか思っていなかった。
その大学名を自分が語ってもいいように、それを許可する条件として単位交付があるという風にしか考えていなかった。

だから大学に入って卒業するという行為そのものに特に意味は感じていなくて、大学を出たという結果のみに意味を求めていた。それゆえに大学に入るために何かをするというのは正直バカらしく感じていたというか、自分の夢を叶えるために大学に行くという行為を、心のどこかでバカにしてた。

そもそも夢を叶える場所じゃないからな。
ただの通過点というか、夢を叶えるならそれをやりやすくするだけの場所だし。
自分の名前に付加価値を付ける手段だけだと。

だから僕にしてみれば、どこの大学を出たのかってのは重要じゃないとは言わないけど、あくまで付加価値であって、それよりも社会一般で使える人間になることが先決じゃないのかなと思うために、浪人という感覚が理解できないんです。

一年そうやって過ごすなら、俺なら働くかなみたいな。

可能性が広がることは理解していても、それ以上の価値を感じない。
多分そこが大きな理由なんだけど、他は感覚的なものだからあんまり語っても。

だけどそれは違うのかなと、彼の話を読んでいて思ったんです。

結果だけを見るのは他者の視点であって、主観的な視点で見たならば、たとえ客観的には浪人して一年を無駄にしていたとしても、一年はすごく充実したものだったのかもしれない。そんなことを考えると、まあ悪くないのかなと。

でもじゃあなんであいつらはああなのと。

もうそこがまったく理解できないというか。
そうなってほしくないから彼にはあえてきついことを言ってしまったわけですが、先輩ヅラしたかったわけでもなくて、ただ単に追ってきた夢を自分のせいで途中で投げ出してほしくなかっただけなんだよな。

あいつの性格考えると、絶対遊びほうけるから。

とまあいらんお節介ばかりしてるわけですが、自分はどうやねんと。
自分の夢なり何なりと、本気で、向き合ったんかと。

過去を思い返してみても、本気で何かをやった経験ってのが限りなくzeroに近い。
競泳と、あえていうならRoか?
Roは悪いけど本気だったぜwwwwwwwwwww

競泳も途中でリタイアしたし、俺本気出したっけ?

自分の立てた目標が低かったのかな。
そこはよくわからないんだけど、がむしゃらな努力をしなくても、常に手を抜いた状態でいてても、ある程度の結果だけは残せてきてた。

多分僕の人生の結果だけを見たら、他人は悪いコメントなんて出来ないだろう。
だけど、中身はどうやねんと。

自分が納得できたと言われたら、全然そうは思えない。

多分まだやれる。って思いながら、やれずに生きてきた。
そこが常に色んな意味で苦しかった。

今自分が目指しているものは、多分結構本気を出さないと厳しい気がする。
それでも案外普通に乗り越えてしまいそうな気がしなくもないんだけど、現実はきっと甘くないんだろうね。

もう今の段階で舐めきってるからな。

これだから挫折を知らない人間は。と自分を見ていて思う。
さっきも書いたけど、結果だけ見たらほぼ全勝だからな。

気付いたら負けれない位置にいたけど、そこまではほぼ全勝。
この挫折を経験しなかったことが、間違いなく僕の人生での失敗。

なんたって、気付いたら負けれないんだからな。
他人にしてみたら負けてもいい年だと思うけど、俺の中じゃ限界超えてる。
積み上げてきたものがどうとかじゃなくて、もう負けられないんだよ誰にも。

こう負けられなかったってのが、すごく悔しい。
挫折できるときに挫折できなかったことがね。

多分挫折してたら、そこから立ち直れたときには何かしらの強さが得られたと思う。

でもそれがないんだから。

この弱いままの自分が普通に生きていて、しかも負けられない状況。
もう自分でも意味わかんねーよ。

多分心の底では負けたいと思ってたから、手を抜いてきたはずなのに。
それでも何故か勝っちゃうんだぜ。

この前受かった資格だって、正直負けてもいいと思ってたんだ。
多分これを落ちてたら、自分が後悔して、もう一度頑張れるからって。
でも勝っちゃったんだよな。

だからまた、負けれなくなった。
結構大きい勝負が、どんどんハードルだけが上がっていく。
目指す地点がどんどん遠くなるのに、自分のモチベーションはそのまま。

確かに実力とかはついてきていると思うよ。
それに対処する力は確実にあるし、その部分を磨くことを疎かにしたとは思っていない。
だけど、それを目指す精神的な部分がそろそろ限界。

勝ちに飢えている人間に比べたら、どう考えても下。
飢えてないんだからな。勝って当然。そんな生き方なんだから。
あくまで消化試合のように過ごしているだけなんだから。

自分を変えたいと思うんだけど、どう変えるんだろうな。
よく考えたらそんな不満なんてないのに。
結果だけ見たら、どこにどう不満を持てばいいのかわからない。

過程を見れば、多少の不満はあるんだけど、直し方なんてものも解ってるわけで。
ちょっとそれをいじるだけで、自分の理想が達成されてしまうわけで。

自分の理想が低いのかもしれないんだけどな。

他人の話を聞いてて思う。
俺って欲がなさすぎなんじゃないかって。

正直なところ今以上の生活ってのは求めてないし、金なんてたいしてほしくもない。
特に何がほしいってわけでもないから、多分年収300あれば、一年で200は貯められるだろうしなあ。子供も作る気がないし、結婚するなら共働きって決めてるから、多分金の面では普通に生きれば苦労することはないと思う。

そんな年収一億がほしいとか思ったこともないし、資産20億になりたいとも思わない。
大きい家に住みたいとか、可愛い嫁がほしいとかも思わない。

今よりいい生活を目指して働くことってのが、理解できないんだよな。
何で今に満足できないんだと。

これこそ負け犬根性とか言われそうだけど、お前らこれ以上目指して何がしたいんだよと、俺は普通に思う。

お前らより金がなくて、しんどい思いして、生きるのに必死なやつが溢れかえってるのに、なんでお前らだけ幸せになろうとしてるんだと。

お前らが稼いだ分のひずみが、どこにいってるのかわかってるのかと。

まあそんなのはどうでもいいんだけど、欲がないんだ。
これはきっと悪い事じゃないんだけど、欲のなさが向上心のなさと繋がりそうで怖い。
今のところはそれはないから大丈夫なんだけど。

多分こうやって世俗で生きるには向かないんだよな。
世俗の幸せってのに興味が沸かないから。

それが普通に楽しめてスイーツスイーツ言える人間が、もう羨ましすぎて。
金を稼ぐためだけに必死になれる人間とかもう羨ましすぎる。
あんな魅力感じないもののためだけに、なんであんなに頑張れるのかと。

俺の理想の生活とか、アフリカ原住民みたいな生活だしな。
一日2時間くらい狩りとか作業して、あとは寝るか雑談みたいな。

もうそれでいいやんと。

ダラダラ書きすぎ棚自重したかった。
ただなんかあまりにイライラして、文章でも書かないと寝れなかった。
こんなの文章でもなくただのキーボードと指が作り出す文字列だけど。

気付いたら自分の作り出した強い自分のために、自分の弱さを見せられる相手がいなくなって、どうでもいい人間にしか弱さを見せられなくなった。

人が本音を話すのは、本当に大事な人間か、どうでもいい人間しかいない。
そんな言葉を誰かが書いていたんだけど、まさにその通り。

自分が必要だった人はどんどん離れていって、幸せになって。
僕は彼らの幸せを横目に、いつもと変わらない生活で。

成長させてくれてありがとうといわれても、僕にそんな意識はなくて。
辛いことはそんなにないのに、気分は晴れなくて。

自分より辛い人生を歩んでいる人が、頑張って生きていて。
それを何故か高みの見物をしているはずの自分が、充実していなくて。

この辺の思いが、日に日に強くなる。
何度も書いているが、こんな気持ちに素直になれればいいなと思う。
そして素直になったときに、それを実行できる強さがあればいいなと。
多分自分が求めているのはそんな強さであって、世俗の強さではない。

学歴とかそんなことは自分にはどうでもいいことなのに、自分以外の他人がそれらを求めるために、僕にもそれが必要なもののように思われる。

現実なんてものは時に無意味で、それを知りながらも現実に抗えなくて、それでも生きていかないとダメなんだって。

生きろと強制されたわけじゃない人生を、何故か強迫観念の元に生きてる。
死ねない自分がいつの間にかできあがって、自由に生きられない自分がどんどん成長していく。この成長を止める術を僕は知らなくて、だんだんと巨大化していく自分自身を、いつの間にか制御できなくなっている。

自分が自分を超えているのに、それでもなお成長し続ける自分を切り捨てたくて、でも捨てるのが怖くて、じゃあどうやって共存すればいいんだろう。

別に捨てる必要はないと思うんだけど、多分そこで出てくるのが、二重人格であったり、所謂自分探しのたびであったりするんだろうな。

そんなところに逃げるのも好きじゃないし、どうすりゃいいんだろうな。

まあそう思ったときに他人がいるんだよな。
自分を他人に支えてもらうというか。

それをしてくれる相手がほしいんだけど、なかなかいなくて。
自分を受け入れてくれて、それでも自分を見失わないなんていう人間が全然いなくて。

結局僕が彼らを背負って、彼らが楽になるだけで。
そこに文句はないけど、誰が俺を背負うんだと。お前ら背負えよと。

抱え込んだ他人の不幸がどんどん自分を締め付ける。
こんな溢れてくる言葉が、自分の本質を示してるのかな。
文字に表れる気持ちは、真実の気持ちを語ってるのかな。

終わろう寝よう。明日も生きよう。多分明日になれば、いい日が来る。
そうでも思わないと、今日が終われない。

今日という日にケジメをつけて、明日という日は新しい自分でいたい。
自分を日々塗り替えていくことで、成長していく自分をどこかで止めていたい。
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by pyababy | 2008-02-12 02:26 | 日常
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