日々垂れ流し。
by pyababy
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一般人と話す。

普通の人間と話すと、明らかに自分が変な道に走ってるなと思ってしまう。
自分の中ではそれが生きる道であるはずなのに、他人にしてみればそれは生きる道からそれた脇道で、何がしたいのかが理解できないらしい。

そんな人間と話が合うわけもなく、これからどうやって自分の友人なりなんなりを作っていけばいいのかさっぱりわかりませんね。

この違いが最近少し理解できたりしました。

僕が面白いというものは、ふむふむといった面白さなのです。
多くの人間は、うはおkwwww的な面白さがほしいのです。

だから笑いの観点もだいぶ違ってしまいます。
笑いというか、楽しいと思う会話の質が全然異なるのです。

僕の話を面白いといって聞いてくれる人間は存在しているので、自分の話すテクニック自体がクズということはないはずですので、それであっているようです。

彼らに受けるような内容をあえて話したのならば、それなりに笑いも取れますし。

ですが、それだと僕が楽しくないのです。
何が楽しくてデートの場所であったり、映画の内容であったり、テレビの内容とか雑誌の内容とか彼氏の愚痴とかを話すのでしょうか。

それを話すことが悪いといってるのではなくて、そこから何も発展させずにただただ面白かったねという話を、何故したがるのかが理解できないだけです。

そこから何かしらの自分なりの発見なり研究成りをしたものを話してもらえるならば、僕は喜んで聞くし、喜んで一緒に考えます。

まあその違いが、最近結構大きくなりました。
昔に比べて、普通の人と話すことが、苦痛になりました。その代わり、自分に近い人間を見分ける能力が長け、彼らと話す会話はとても面白く感じています。
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by pyababy | 2008-02-16 01:27 | 日常
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