日々垂れ流し。
by pyababy
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4つ目の欲求

食欲・睡眠欲・性欲が人間の三大欲求だといわれています。これにあえて4つ目を付け加えるならば、永遠なものになりたいといったものではないでしょうか。

NHKスペシャルでドバイの人たちの話をしていました。
番組の作りが少し偏っていたこともあり、ドバイは現代のバベルの塔といった感じの印象を受けたりしました。ドバイに住む彼らは誰もがNo1をめざし、TOPになること以外は意味のないことだと切り捨てていました。その理由としてあげていたことが、TOP以外は忘れられてしまうといったことでした。

彼らが金を求めるのは、地位や名誉ではなく、自分の記憶を永遠のものとしたいがためではないかと、番組を見ていて感じました。

地位や名誉は、そのための1つの手段にすぎないのではないかと。

生きた証を金というもので刻むことで、人々の記憶に自らを刻み、それによって自らを永遠の存在へと押し上げていこうとしているように感じました。

これは僕らが誰でも持つような感覚だと思います。
こうやって僕が何かを書くことも、その一種だと言えますし、スポーツをしたり、会社を興したり、働いたり、料理を作ったりすることも、最終的な目的は誰かに何かの記憶を与え、自分を覚えていてもらうことに尽きると思えます。

自らは物理的に永遠の存在になれないために、人の記憶に自らを残すことで、永遠の存在になろうとしているようです。

僕個人としては、その目的のためにあまり意味を持たない建物を造ったり、自分の必要以上の金を稼ぐ行為は、馬鹿らしいなと思ったりします。

負け犬精神じゃないですが、それをして何になると思ってしまうのです。
そんな必死にならないでも、孫にでも囲まれて笑顔で死んだらいいんじゃね?と。

それ以上を求めることが、現代と近代の分かれ目なのかもしれませんね。
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by pyababy | 2008-05-18 22:39 | 日常
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