日々垂れ流し。
by pyababy
カテゴリ
全体
日常

転職
未分類
以前の記事
2016年 01月
2015年 12月
2015年 04月
2014年 10月
2014年 04月
2013年 12月
2013年 04月
2012年 12月
2012年 01月
2011年 05月
2011年 03月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


世界新

スピード社の水着を着て世界新を出すのって、見ていて素直に喜べない。

着ちゃいけないなんていうルールはないから問題ないはずなんだけど、水着を変えただけでタイムが伸びるというのは、今までの努力は何だったのと思ってしまう。競泳の世界で1秒縮めるのがどれだけ大変か身に染みて理解しているだけに、水着変えただけで記録が更新されていくというのは、腑に落ちない。

全員が着れる状態であれば、コンディションとしてはイコールであるし、問題はないといえばない。だけれども、それが着れなかった時代の人間から考えると、努力以外の部分でタイムが伸びているという事実に複雑な思いになる。また、今まで必死に練習して伸ばせなかった1秒が、水着を変えただけで伸びたというのも、努力の価値を薄めてしまう記がする。

選手達の顔を見る限り素直に喜べてないのは、そのあたりがあるからだと思う。
もちろん全てが水着のおかげであるわけなんてなくて、選手自身の努力が大きいのは間違いない。だけれども、その努力の結果すら水着が変わったからタイムが伸びたという風に感じられてしまうのも可哀想ではある。

この水着が広まるまで、その辺の葛藤は続くんだろうなと思う。
[PR]
by pyababy | 2008-06-08 22:49 | 日常
<< 適材適所 顎逝った >>