日々垂れ流し。
by pyababy
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適材適所

人によって能力が違うので、同じ事をやっていくのは無駄であると感じています。
しかしながら作業というものは他人と合わせて行っていくことが多く、僕にとって無駄なこと、他人にとって無駄なことを行わなければならない場面が多くていらいらします。

もっと効率的にできるじゃんと思うわけです。

もちろんこれにも問題点があって、
一部の能力しか伸ばすことができないということです。

僕はそれでいいと思うんだけど、他の人はそうでもないみたいです。
まあ突出した部分以外が何も出来ない人間なんて、
使い方を間違えたらゴミ同然ですしね。

使い方なんて言ってしまう時点で、僕は人を使う側の人間なのだと思います。
使われる事になれていないのもあるし、どちらかといえば引っ張っていく、もしくは人を使って何かをしていくことを日々行っていたからでしょうか。

色々な議論などをしていて、自分がどれだけ他人任せだったかを最近感じています。
司会的な立場で意見をまとめたり、問題点を指摘したりしていく部分は他の人よりは巧く出来ているとは思うけれども、思考の瞬発力に欠けるところがありすぎて、もう自分の意見というのがなかなか出せないわけです。

その辺も適材適所といえば終わりなのですが、
自分の適正といるべき場所が違うのが心として厭ですね。
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by pyababy | 2008-06-11 01:04 | 日常
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