日々垂れ流し。
by pyababy
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趣味はオタ活動。

最近はあまりオタオタしてなくて、気分がすっきりしません。

一年ちょっと前くらいは、毎日毎日パソコンで遊んで、WEBめぐって、変なサイト見てはわいわい言ってたんですが、最近は・・・。

学校いって帰ってきて、軽く勉強して、、、って毎日。
一応Blog書いてたり、巡回サイトは見てたりするんですが、僕のオタ脳はそれでは満足してくれません。

そんな普通の人に近づいた生活をしていた僕の心も、ついに壊れました。

オタオタしてえ。
買い物してえ。
デーとしてえ。

あああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

ってかんじなんです。

一応デート以外の予定はGW中に組みました!
デートも組み込もうと思えばいけそうな気がするけどめんどくさいです!

今日はちょっとお外で遊んだあと、ついにねんがんのオタオタ記念日!
オタオタ!
NETサーフィン2chVIPハンゲ!!RO以外はやったぜ!

すげーすっきりした。

これで明日から生きていけそうです。
結局僕の根っこはオタクでした。
もう隠しません。


あと最近なんですが、フラグが立ちそうな予感がします。
すごく感触がいい子が何故か何人か湧き出てきました。
これが所謂春なんでしょうか。

でもそのうちの一人は、僕の友達の本命らしいです。
イライラしたのでそいつの本命を狙うことにしました。

はたして彼女はオタな僕を受け入れられるんでしょうか?
全国のオタクの夢を乗せて僕は突貫。

一回くらいVIPで安価やってみたいなー。
安価で旅行のやつみてたら、なかなか面白そうだった。

学生時代に一回くらい、もうなにも考えない適当な旅でもしてみよっと!
乗りたい電車のって、よくわからん人に泊めてもらって、適当に観光してっていうのを
やってみたいなー。

夏か秋かそのへんでやろっと。
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by pyababy | 2007-04-30 22:56 | 日常

NHKすごいわ。

今日のNHKスペシャルで、日本国憲法の誕生についての特集がありました。

一応までに憲法史というものをやってはいたんですが、どれも本で読んだ知識だけだったため、実感というものがあまりわいていなかったのが現実でした。

今日の特集では、NHKならではの映像であったり、あまりどちらにも寄ることのない解説のおかげで、かなりわかりやすいものでした。

まあ一般人向けに作っているので、詳しい内容はあえて流していない雰囲気を受けましたが、なかなか奧いったところもたまに映し出していて良かったと思います。
特に9条についての描写がわかりやすかったです。

9条二項「前項の目的を達するため~」といった部分は、9条一項の「国際平和を誠実に希求し」の部分をうけてのものであって、「文意を明確にするためであり、将来の軍備保持を意図するものではない」という部分が強調されていたのが印象的でした。

結果としては、自衛のための戦力はOKといった風に解釈されてしまう原因となった修正であったことが少し残念に思えますが。

そんなものを見ていると、自民党の改正案は正直ひどいものだと思います。
九条の部分ばかりクローズアップされていますが、自らの党の利益になることばかりをもり入れている感が否めません。

そんな意味ではアメリカから与えられたように思える憲法であっても、少なくとも将来の日本のことを自らの利益とは関係なく考えていてくれた起草者たちの作った憲法の方が、今の改正案よりは良いものであると思います。

アメリカの意向というものもあったことは間違いないんですが、少なくともアメリカという国の利益のために行ったことであって、自らの私欲のためだけに改正をしようとする日本の政治家と比べると、まだマシかなーと思っちゃうわけです。


まあなかなかいい番組だったと思いました。
うざったらしい解説者がいないNHKも、なかなかやりおる。
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by pyababy | 2007-04-30 01:29 | 日常

心に残ったことばと。

某人のところに書いてたので、僕もついでに。


相変わらずに大勢での飲み会が苦手です。

どうも大人数の状況の中でも一対一を作ってしまう。
周りの空気が読めないわけじゃないけど、あえて読まない。
別に無理して周りに合わせる必要ないんちゃうか?
と思ってしまうから。

あとは自分より盛り上げれる人が喋った方がその場が良くなるだろうし、
正直そいつに場を任している方が俺が楽だから。

自分のトークに自信がないわけではない。
こんな言い方するとちょっとおかしいけど、少なくとも過去を振り返れば周りの友人はほとんど笑わせてきたし、俺のもつ空気が好きっていってくれた子も結構いた。

まあなんていうか、ただ大人数が苦手というわけではなくて、中途半端な仲の人の多い大人数の飲み会が苦手って感じかなあ。仲いい人同士だと問題ないしね。

たぶんだけど、酒の勢いで仲良くなろうってのが嫌いなんだと思う。

それ自体は悪いことじゃないと思うけど、その程度の関係をあまり求めてない。
もちろん酒が抜けたあとに仲良くなることもあるよ。だけど、そうやって酒の勢いだけで周りに合わせた飲み方ってのが、やっぱり好きになれない。

盛り上げようとしてくれる人には悪いけど、そんな空気には僕は乗り切れない。


まあそんなことは結構昔から考えてました。
今もほとんど同じことを思ってます。
苦手というより嫌いなだけであって、できないわけじゃなくてあえてやらないだけ。
言い訳に聞こえるけど、実際そうだから。

どちらかといえば内向的ってのは否定しないけど、完全に心を閉ざしてるわけでもない。
ただ、好きになれないから、自ら入っていかない。

わざわざ疲れる方に流れたくないってのもあるのかな。


そんなことを思ってたある飲みの場所で、一人の人が僕に話しかけました。

所謂僕と同類に近い人間でした。
正直、同じ匂いを感じました。

でも僕よりすごくオトナで、色々なことを考えている人でした。

その人が僕に言った台詞が今でもすごく心に残っています。

みんなに合わせるのがしんどいなら、無理に合わせなくてもいい。
つまらないと思うならそれはそれでしょうがない。
だけど、お前がいないとダメなときがある。
もしお前みたいな奴が他にいたとき、
お前以外の奴だとそいつと真っ正面から向き合えるか?
そいつの心をわかってやれる奴が実は大事なんじゃないか?
そんな点からしたら、俺やお前みたいなやつもいることが大事なんよ。
だから無理に合わせなくてもいいけど、
そんなやつがきたときには受け止めてあげれる人間になれ。

一年くらい前だからちょっと違うかもしれない。
でもすごく心に響いた。

別に俺はそんな空気が嫌いなだけで、適応できないわけではない。
いうなれば僕よりそんなことが苦手で、適応もできなくて、
その場にいることが辛いと感じる人がいるかもしれない。

いわゆるアゲアゲの空気が嫌いな人がいるかもしれない。
静かなゆっくりとした飲みの方が好きな人がいるかもしれない。
そんな人が心を閉ざしてしまうんじゃなくて、
そんな人も楽しめるようなところにしていかないとだめだなって。

僕がそんな空気が嫌いっていうことの解決にも答えにもならないけど
そこから逃げ出すことじゃなくて、そこから見つけれることもあるんだなって。

色々な台詞を聞いてきたけど、同類に近い人だから言える言葉の重みが
今の僕にすごく残っています。
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by pyababy | 2007-04-29 01:04 | 日常

伝わらないことばを伝えられたこと。

同じ言葉でも、伝わるときと伝わらないときがある。

多分これは伝えられる僕自身に問題があるのだとは思うのだけど。

でもそれ以上に、何も伝えようとしていないものが増えたように思える。
形だけの音楽であったり、形だけの言葉であったり、形だけの映画であったり。

メッセージ性が欠けるというのがそれらのものから受ける印象だ。

自分のためだけの音楽だったり、自分の心を満たすためだけにかける他人への言葉であったり、ただの売り上げだけを取るための映画であったり。

そんなものが今の世の中には溢れていると感じる。

TV番組にしても、新聞にしても、何かを伝えようという気がまったく伝わってこない。
ただ単に受けるであろうものを作って、金を得るための手段としてだけのために作っていて、結局何も伝えようとしていないという印象を僕は受ける。

ほんとに汚い。
金しか頭にないのかといいたくなる。

そうやって作られて形だけ「伝わる形」をしたものより、2chに溢れている汚い言葉の方が、僕には伝わってくる。

もうすぐ病気で死ぬという人のスレを見ていたら、すごく泣けた。
生きたいという想いが伝わってくる。
自分の犯した過ちを他者にはしてほしくないという気持ちが伝わってくる。
感謝の気持ちが伝わってくる。

何よりも、見ず知らずの他人に対する生きてほしいという想いが、僕の心を打った。
 
なんでこんなに、知らない他人に優しくできるんだろうか。
ただ一人が死ぬというだけで、生きていてほしいという人がなんでこんなにいるんだろう。

こんな純粋無垢な想いだから、僕にすら伝わってくるのだろうか。
そんなことを考えてたときに、一つのことを思った。

人間ってのは、僕が思っている以上に汚い。
だけれども、僕が思っている以上に美しい。

僕のこんな気持ちは、誰かに伝わるのだろうか?
伝えたい想いくらいは、伝えたい。
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by pyababy | 2007-04-27 23:58 | 日常

読める量と読める時間。

今年に入ってから結構本を読んでる気がしたんですが、覚えてる範囲を纏めてみると高々30冊くらいだったりしました。

立ち読みとかを含めたらもう少しいくんでしょうけど、案外少ないものです。

だんだんと本の好みというものも変わっていって、今年に入ってからでも読みたいものや、面白いと思うものが変わってきました。


読むべき本。
読みたい本。
読まなければいけない本。
読まされる本。

これが全部違うのがちょっとめんどくさい。

読まされる本ってのは実質的にはなくなったけどね。
よまないといけない本ってのも、今のところはないのかな。

でも読むべき本が多すぎて困る。


ちょっと考えてたんだけど、今の僕が一日中本を読んで、多分普通の本だと5冊が限界。
(速読でもいいような本だと20冊以上はいけるだろうけど。。)
まあ全てを本に費やしてそれだけだから、普通の日常の中で考えると、一日一冊ぐらいが限度だと思うというか空けれる時間的に考えてそれがホントにいっぱいいっぱい。

ということは一年大体300冊が限度。
大学中に読めるのはあと1000冊程度。

結構少ないよなーと。
図書館の棚3個くらいしか読めないわけですよ。
ジャンルでいうと一ジャンル読み切ると僕の4年が終わるわけです。

そう考えると4年でできることってほんとに少ないんですよね。
無限に感じられるような時間なのに、目に見えるもので残そうとするとほんのわずか。

多分これは人生に置き換えても同じで、多分必死で何かを極めようとしたら、一つのものでいっぱいいっぱいだと思う。

自分の中では大きなものでも、他者から見える客観的なものに置き換えた場合、なんだかちっぽけなものに思える自分の人生というものが、少し可哀想に思えました。
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by pyababy | 2007-04-26 23:17 | 日常

集中力の磨き方。

筋トレには主に、マシントレーニングとフリーウェイトと呼ばれるものにわけられます。

フリーウェイトっていうと聞こえはいいけど、実際はただのバーベルであったりダンベルを使って行うものです。

両者の違いは簡単に言えば、安全だけど可動範囲が限られるか、危険だけど自分の好きなように動かせるかという部分にあります。

僕は主として、フリーウェイトで筋トレを行っています。

理由はいくつかあるんですが、一番大きいのは集中できるということにあります。

マシンのトレーニングは、機械の故障がない限りまず怪我をしません。
ですがフリーウェイトの場合は少しの気の緩みでバーベルを落としたりしたら、ほんとに信じられないような怪我をします。(僕の友達は腕を滑らせて顔にバーベル落として、歯が5本くらい折れてました)

そのため、ほんとにこの心理は自分でも馬鹿だと思うんだけど
「これを上げなきゃ死ぬ!」
なんてことを思ってやるからすごく集中できるんです。

集中すると自分の100%以上の力が出るってのは本当です。
筋トレしっかりやるとそれを確認できます。

まあ正確には、100%を引き出せるってことなんでしょうけどね。

どちらにせよ、かなり高い集中力をつけることができます。
高々10秒程度なんだけどね。。

だけどフリーウェイトにも問題はあって、正しいフォームでやらないと良い効果が得られなかったり、怪我に繋がったりします。

そのため、初心者は素直にマシンを使うべきだと僕は思います。
ある程度なれてきて、指導者が近くにいる状況で、正しいフォームを教わりながらってのが多分理想です。

実は筋トレも、哲学的だったりしますねえへへ。
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by pyababy | 2007-04-25 23:25 | 日常

馴れ合ってばかりの。

どこでも馴れ合いってのはあると思うんだけど、大学って特に酷いなと。

とりあえず徒党組んでだらだらして、それに反する人は認めようとせずに、だけど自らの保身だけは考えてるってやつが多すぎていらいらする。

意識の低い奴の思想を確認することで、自らの地位を確認しようとする奴の多さ。
お互いに傷をなめ合ってるだけの奴ばかり。

それでもたまにいる、自己をしっかり持っている人をみると少し安心する。


なんというか、分かり合えないことはないんだろうけど、分かり合いたくないって思うことが最近多い。

人とちゃんと向き合ってないと言われそうだけど、経験で大体解るじゃん。
ああこいつとは思想は絶対あわないなあとか。
こいつといても自分のためにならないなあとか。

確かにそんな人とのふれあいでも、何かしら得るものはあるってのはわかる。
でも彼らじゃなくても得れるものじゃないかとおもったりする。

あまりこの考え方はよくないんだけど、好きじゃない奴と無理に付き合って自分が疲れる必要はないと思うし、他のことでもいいんじゃないかと思う。

正直なところ、僕は馴合いが嫌いだ。
ほんとつまんない。
何が楽しいのか理解できない。
あの自分が腐っていく感がわかるのが本気で耐えられない。

自分の下を見て安心するような心理を持ちたくない。
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by pyababy | 2007-04-24 22:55 | 日常

引きこもりと、インドアなのと。

僕は引きこもりらしいです。
もうめんどくさいので、他人に引きこもり呼ばわりされるときは普通に肯定します。
引きこもりと決めつける彼らは、多分理解する気がないでしょうから。

でも正直なところ、引きこもりではないんですよね。

ただ単に、家の中にいるのが好きなだけ。
部屋の中でゆっくり音楽聴きながら本を読むのが僕の理想の生活なだけ。

別に外に出ないわけでもないし、外が嫌いなわけでもない。
ただ、家が好きなだけ。

世間では所謂インドアは、全て引きこもりみたいです。

引きこもりなんて言葉を考えた人は、こんな風に使われることを考えたんでしょうかね。


まあ僕が家にいるのが好きって話をすると、
「家でやることないやん!」
って感じのことをよく言われます。

正直僕は、家の方がやること多いんですが。。。
外の方が少ないんですが。。。

外に遊びに行ってもやることって数個だけじゃね。。
ぶらぶらして買い物して、、、バイトならバイトで仕事なら仕事で。。。

まあ家にいる方がやることがないってひとの気持ちもすごくわかります。

僕も常にやることがあるわけでもないし、たまに暇だなーと思うこともあります。

だけどそれが常に暇かといわれたらそうでもないし、暇と言うよりはあえて何もしない時間を作ってるということもあったりするので。。。

ほんとこんなの他人にとってはどうでもいいことなんでしょうけどね。

ただ、僕はそれを一方的に決めつけようとする人間はあまり好きではありません。
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by pyababy | 2007-04-23 23:30 | 日常

あまりにも主観的な9条論。

9条を少し考える。
話は詳しい部分はぼかして、比喩的な感じで。
多分大筋はまちがってない。

9条自体は、戦争の放棄と戦力の不保持。
安倍さんのやろうとしてる改憲は、集団的自衛権を認めるというもの。

発想自体は間違ってないと思う。
必要以上の強さを持ちながらも使うことのできない自衛隊より、
役割がハッキリしたものとなった方がいいことはいい。
ただ、この場合どうみても戦力になる。

僕はどちらかというと、平和主義を貫いてほしい。
そして自衛隊は、災害救助隊的なものに変わってほしい。
日本だけでなく、どこの国へも派遣することのできる、災害救助のスペシャリストとして。

日本の核武装論なんてものもあほらしい。
そんなのはいらない。
ミサイル防衛も考えるだけ無駄。

その理由はすごく簡単。

その前に、何故日本が今まで攻撃されなかったのかを考えてみる。
北朝鮮にしても他の国にしても、日本なんていくらでも攻撃できた。
いくらでも武力で圧力をかけることはできた。

多分多くの人は、アメリカが守ってくれているから攻撃できなかったと答えるだろう。

でもはたして実際はそうであろうか。

もし日本とアメリカが同時にせめられた場合、アメリカは日本を守るだろうか。
今の法律だと、アメリカが攻撃されても日本は指をくわえてみているだけ。
何もしないのに守ってもらえるという状況は、本当にあり得るのだろうか。

僕はこの状況ですら裏切れるのがアメリカという国だと思ってる。
自らの間違った正義すらもを正当化し、それを世に認めさせるだけの力、
根回しをして事故に有利に世界を進めることのできる力、
それをつかいこなせるだけの力をもっているからだ。

それだけに、日本を本当に守るのかと言われたら、明らかにそうではない。
あの国は自国の国民が一人でも傷つけられればやっけになって動くが、
他国の命など気にする国ではない。

じゃあ何故攻撃されなかったんだろう?

これもすごく簡単に答えが出せる。

戦争を放棄する、武力を持たない、ということを明言している国を攻撃するだけの正当な理由がなく、攻撃した後の他の国々からの非難の目に耐えられないから。

一国の元首はテロリストではなく、あくまで自国の利益、自己の利益を守るためにその立場にいるから、日本という非武装の国を攻撃できないんだ。

少し視点を小さくして、個人の関係で考える。
普通の頭を持っている人間が、自分がお世話になっているとても優しい人で、しかも武器を構える気配もない人を、攻撃しようと思うだろうか?そして攻撃した後にどうなるかということくらい、普通の頭を持っていたらわかるよね?

国と国との関係でも、アバウトに考えると同じことが当てはまる。

今の話を日本に当てはめる。
戦争をしないということを明言している。
そして周りにある程度の恩を売っている。
この国を誰が攻撃できるんだろう。


いうなれば、義というもので日本は守られていた。

少なくとも戦後60年は
この義というものを通したために日本は守られてきた。

そしてこれからも、それは変わらないだろう。

だけどそれが変わることが一つだけある。
日本の核武装と、9条の改正。

いうなれば、攻撃できなかった理由が失われ、攻撃する正当性が生まれる。

白旗を掲げている人間には攻撃できないが、
銃を構えている人間には自衛のために攻撃が許される。

同じ理論が当てはまる。

何故このアホな政治家たちは、自ら国の首を絞める行為をするんだろうか。

もしも攻撃されたら?
正直この「もしも」は、テロというもの以外ではありえないと思う。

過去を見ればすごく簡単にわかる話だと思うのだが。。


僕が思う日本の生き残る道は、
平和というものをひたすらに貫くこと、ひたすらに世界へ恩を売ることに尽きると思う。

軍備にお金をかけるんではなく、他国との関係にお金をかけるべきだ。
武器よりも有効な防衛手段になることは、間違いない。

犬と言われてもいい。

ただ、譲れない平和というものだけは手放してほしくない。

改憲自体は悪くないとは思っている。

だけれども、他国に流されての集団的自衛権の行使という名の武力行使は
明確に反対したい。

あくまで伝統的PKO的な立場であり続けるべきだし、平和主義というものを、核の放棄というものを、明確に主張できるのはそれを経験した日本だけだと思うからだ。

まあ派遣のできない自衛隊を、災害救助として派遣させるために改憲するというならば、僕はその目的においてのみ賛成したい。


一時の感情に流されて、義を捨てるのは得策ではない。
歴史を振り返れば、それで滅びた国がいくつもある。

今の世の中は侵略戦争は全面的に許されていない。
この情勢を、日本を守るために使うべきであるのに、
何故無駄な武装を提唱する人がやまないのだろうか。

この答えも実際はすごく簡単で、義より利をとる人が多いためだ。

そんな意味で、本当に腐ってる。


義という理想であり甘い夢かもしれないものであっても、今の社会の現状ではそれを通すことが一番の策であると僕は思っている。

たれながしすぎんぐうぐぐ。
ちょっと最近のアホみたいな議論見てたらイライラして書いた。
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by pyababy | 2007-04-23 00:31 | 日常

遊びに断れないとき。

遊びに誘われても断ることが何故だか多いです。

正直いってめんどくさいのと、その日にやりたいことがあることが多いから。

断るときに不思議なのが、何故だかバイトがあることにしたり、その日に習い事があったりすることにすると、特に何も言われることもなく「しょうがないか。」って感じになるのに、その日に遊びに行くからとか、勉強したいからとか、趣味に時間を使いたいから、なんていう理由で断ると、ねちねち言われることがほとんどです。

自分のために使う時間を理由に断るのはダメなんでしょうかね。

その辺が相変わらずよくわかりません。
まあ自分がもし逆の立場だとしたら、同じ風に考えるんでしょうけどね。
(というより今まで普通にこう考えてたな)

この場合って、断られる理由と自分と相手との関係を比較してるんですよね。

いうなれば、自分と同列の人間である他者に負けることは時間の先後を考えると諦めがつく行為ということになるし、同列でなくても仕事という社会観念上人間関係と同視されるものの場合は、これに負けた場合でも同じように諦めがつく。

だけれども、同列以下と考える、相手側の趣味の行為に負けるということは、誘う側の人間としては許されない行為ということになる。人間関係より、それ以外のものを優先され、自己が後回しにされ、自己を傷つけられることになる。

そんなことを考えてたんですが、そろそろ人と遊ぼうかと思います。
二次元もいいけど、三次元も捨てたもんじゃないですしね。。
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by pyababy | 2007-04-22 00:20 | 日常