日々垂れ流し。
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2008年書籍ランキング

2008年に読んだ本の勝手なランキング。
読んだ本であって、発売された本ではないため古いのも含んでいます。

今年はだいたい200冊前後読みました。
パソコンのデータが飛んだため、記録が曖昧になっているのが残念ですが、その中から印象的だった10冊前後を書いていきます。

1位はダントツでこれ。

夜は短し歩けよ乙女

森見 登美彦 / 角川書店


圧倒的な文章力、妄想豊かな内容、どれをとっても今年のTOPでした。
素直に面白い。胸がきゅんとなる。京都に行きたくなる。黒髪の乙女に会いたくなる。
この一冊に出会い、もりみーファンとなりました。オススメです。
どこかでレビュー書いた記憶があるのですが、どこかにいきました。

2位も、もりみーですごめんなさい。

四畳半神話大系

森見 登美彦 / 太田出版


夜は短し~の前編的な本。
読み終わって最初に持った感想は、何このエロゲ?でした。
どこに属するのかによって変わる大学生活が読んでて面白かったです。

3位は伊坂。

砂漠

伊坂 幸太郎 / 実業之日本社


こちらは過去に一度書いていますので、こちらを参考に。

4位は悪童日記三部作。

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

アゴタ クリストフ / 早川書房


こちらも過去の記事を参考に。
悪童日記。
ふたりの証拠。
第三の嘘。

5位は親から子への手紙。

わが息子よ、君はどう生きるか

フィリップ チェスターフィールド / 三笠書房


こちらを参考に。

6位は歴史について。

歴史とは何か (岩波新書)

E.H. カー / 岩波書店


こちらを参考に。

7位はまたもや伊坂。

ゴールデンスランバー

伊坂 幸太郎 / 新潮社


さすが本屋大賞といった感じの本でした。
感想はこちら

8位は淡い青春もの。

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

山田 詠美 / 新潮社


勉強が出来ることより、大切なことがある。
そんなことを言い続ける少年を描いた青春もの。
個人的にかなり好き。

9位は原罪について。

海と毒薬 (新潮文庫)

遠藤 周作 / 新潮社


こちらを参考に。

10位は日本の男を描いたこれ。

壬生義士伝 上 文春文庫 あ 39-2

浅田 次郎 / 文藝春秋


男の生き様に惚れざるをえない。
主君に仕え、自分を殺し生きてきた人間の美しさに感動を覚える。

次点として読書関係を一つ。

本を読む本 (講談社学術文庫)

モーティマー・J. アドラー / 講談社


読書論に関しては、これを超える本に出会ったことがない。
オススメです。

とまあ今年の自分としての好きな順です。
並べてみて思うけど、今年は青春ものが好きみたいでした。
奥田英朗の「東京物語」も入れるか悩みましたが、もうちょっとでした。

垂れ流しの感想ばかりですが、本選びの参考にでもしていただけたらと思います。
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by pyababy | 2008-12-31 21:51 |

真の平等。

夜と霧 新版

ヴィクトール・E・フランクル / みすず書房



今年最後は、まじめな本で〆。

アウシュビッツの強制収容の話を読みながら、不思議な感覚に陥った。
強制収容された人たちって、平等を手にしたよなと。学歴も給料も何の意味も持たない世界では、ある意味で平等だったなと。すごく不謹慎な感想だとは思うんだけど、ふとそんなことを思ってしまった。もちろん実質的には支配者側との不平等にさいなまれていたのだけれども。

「文字どおりのあらわな裸の存在以外の何物ももっていないことを体験する」

何の後ろ盾もなくなったとき、自分に何が残るのかな。
大学の名前、家族、服、その他全てを奪われて、何が残るのだろう。本当の平等になったときに、僕らの手は何も持っておらず、僕らには何も残らない。不平等な社会で良かったと思ったりした。自分は何かということが、偽りながらも理解できるから。

話は変わるが、身体が頑丈な人間より、繊細な性質の人間の方が耐えられたらしい。
目の前の現実から、内的な豊かさへと逃げることによって精神を保てたからだそうだ。
僕らが普段無駄だと感じる芸術が、ここへきて活きてくるのかな。

何のために生きるか。
その意思を常に持っておきたいと思った。
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by pyababy | 2008-12-31 20:49 |

no title

人間の限界 (岩波新書 青版)

霜山 徳爾 / 岩波書店



正直うーんってなった。
前評判の割にありきたりな内容で、なんともいえない。
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by pyababy | 2008-12-31 19:00 |

左右の違い。

近代日本の右翼思想 (講談社選書メチエ)

片山 杜秀 / 講談社



右翼と左翼って、僕からすれば違いがわからなかった。どっちもやっていることは同じようなことであって、外見だけを見たら違いがわからないから。

でも実際は違うらしい。それぞれの考えに基づいて、それぞれの行動(中には過激なものも含む)を行ってきたそうだ。

単純に分ければ、左翼はよりよい未来を目指し今を変えていこうという立場。
右翼は過去に正しさを求め、今を過去に戻そうという立場。

その単純図式が、天皇の存在によって複雑になっている。

右翼においては、古き良き日本の象徴であった天皇が今も存在しているために、天皇が存在する現在こそが守るべきものだと考えるようになってしまった。過去を守るはずが、現在を守るという形式に陥ってしまい、結果として何をしているのかがわからなくなっていた。それゆえに右翼思想というものは理解しがたかったみたいだ。

右と左という対比を理解するためには、どちらか一方の理解だけでは意味がないといったことが書かれていた。二つをきちんとみること。この二つの視点を持つということは何においても大切なことなのだと改めて思ったりした。
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by pyababy | 2008-12-29 02:23 |

犯罪者の作られ方。

FBI心理分析官のプロファイリング 「動機」が怖いほど読める!―その時、その場所、その方法が選ばれた理由

ジョン ダグラス / 三笠書房



読んでいて気分が悪くなった。

プロファイリングをするにあたって、まず犯罪傾向のある人間の特徴を一般化することになる。これは実際に犯罪を犯した人間を研究することによってデータを蓄積し、彼らの悪性格及び思考を分析することにより行われる。それをもとに、各事件において一般化した特徴に当てはまる人間を探し出していく。

人間は誰もが自分なりの行動特性をもっているらしい。
そしてその行動特性は自分一人だけのものではなく、同じような特性を持った人間が他にも多くいるらしい。そこを利用して、犯人を見つけるらしい。

この本に出てきた犯罪者は、みんながみんなどうしようもない悪人のように書かれている。でも実際に彼らって悪人だったのかな。僕にはそれがどうやっても思えない。犯罪を犯したときは社会で言う悪人だったかもしれないが、他の状況下においてまで悪人であるとは思えない。その彼らの全てを否定するような書き方、考え方をしている著者が僕には理解できなかった。そして前述の通り、その書き方が最初から最後まで続くこの本を読んでいたら、単純に気分が悪くなった。

読み物としては面白いが、人間性を疑いたくなる文章だった。
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by pyababy | 2008-12-29 02:11 |

過去を評価すること。

歴史とは何か (岩波新書)

E.H. カー / 岩波書店



僕らが学んできた歴史ってのは、誰かの目で見た歴史であって、僕が見た歴史とは少し違う。それゆえに、人の数だけ歴史があるといっても問題はない。そんなことは昔からずっと考えてた。でも言葉には出来なかった。それは僕の語彙が足りなかったこともあるし、考えがまとめきれていなかったことが大きい。この本を読みながら、それそれ昔からずっと思ってた!!なんてことをずっと思ってた。このもやもや言葉に出来なかった気持ちを言葉に出来た彼は、本当に頭が良いなあと素直に感心した。何を偉そうになんてことをいわれそうだけど、そう思ったものは仕方がない。

所謂歴史的事実というものも、歴史家がフォーカスしたからこそ生まれたものであり、歴史家がスルーしたならば、歴史的事実にもならなかった。事実と歴史的事実を分けるのは人であって、人が自らの解釈に基づいて歴史的事実を作り出してきた。そしてその作り出した事実に基づいて、人は歴史を解釈してきた。だから歴史ってのは、僕にとっては信用できない。歴史上の出来事の原因が、あんな単純なわけがないし、あんな複雑なわけもない。歴史を作ったのは人であって、その中を生きてきたのも人である。その一人一人の人生はフォーカスされずに、特殊な一人と、それにしたがう集団として認識されるからこそ、歴知ってのは何かが変に感じていた。何で反対してた人とか、どうでもいいって思ってた人はフォーカスされないのかなって。

「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間のつきることを知らぬ対話」であると、著者は解している。だから歴史を知るには、歴史家を知らなければ意味がないとも。結局沢山いる人の人生から、一人の人生を選び出したのは歴史家であって、彼らが何を考えているのかを知らなければ、彼らの作り出す歴史にはついて行けない。彼らに求められるのはより合理的で説得力のある歴史であって、僕の求めるような普通の生活の組み合わせである歴史は求められないのだろう。だからか知らないが、世間には英雄がいっぱいいる。でもきっと彼らも、普通の人間で、朝に起きてご飯を食べて夜に寝る。

人が歴史を解釈し、歴史的事実を導き出す。このプロセスがある限り、勝者の歴史が多いのも当然であると言える。彼らは選べる立場にあり、敗者は選べる立場になかったのだから。選ばれた歴史はやがて一般化できるものと特別なものに分けられ、一般化できるものはやがて教訓として私たちの中に残っていく。人種も国も思考も違うのに、一般化された歴史は僕らの中に受け入れられる。多分僕らは、合理的な事実であって、なんとなくそれから教訓を学べそうならそれでいいのだろう。教訓のために歴史的事実があると言っても過言じゃない気がする。勝手に教訓にされた織田信長とかは、今を生きる人に何を感じているのかな。

「現在の光に照らして過去の理解を進め、過去の光に照らして現在の理解を進める。」
著者が述べるように現在も過去も未来も実際は一連の流れの上にあって、区別を付けることは難しい。ただ過去を知るためには今を、今を知るためには過去を知っておくことは悪くはない。むしろ望ましい。

現在に生きるだけでなく、過去を照らしてみたことが全ての始まりだったといったことが書かれていた。多分だけど、過去を反省したからこそ、今を必死に生きられるようになったんだろう。同じ失敗をしなくなったこと。それだけでも大きな進歩だろう。そしてその失敗を未来へ伝えられるようになったこと。これができたから、人は進歩していったんだろう。

読みながら色々なことを考えすぎて、言葉にまとめられない。
感想というか想いがどんどん溢れてきて、全然整理できていない。ここまで整理できない本も久しぶりだし、ここまで考えた本も久しぶりだ。古典的名著(といわれるほど古くもないけど)は色々なことを考えさせてくれる。年末年始という所謂過去と未来の境目の時期にこの本に触れられたことは、自分にとってよかったのだと思う。あまりにもまとまらないが、しょうがないのでそろそろ終わる。

「過去を想像し、未来を想起する。」
どこに出てきたか忘れたが、この言葉がすごく印象に残ったので記しておく。
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by pyababy | 2008-12-26 01:28 |

日本に惚れた理由がなんとなくわかる。

忘れられた日本人 (岩波文庫)

宮本 常一 / 岩波書店



夜這いの文化って、なんでなくなったんだろう。
いつから性は、隠されるべき対象になったのだろう。
そんなことを考えながら読んだ。

過去の日本は相変わらず性におおらかで、当たり前のように下ネタが飛び交う。歌の掛け合いをしていたら、なぜだか下ネタに。それも大人がみんなそろって。

そんな世界がちょっとうらやましい。

今の日本と過去の日本、どっちが住みやすいのかな。
僕なんかは一人でいる時間が好きだから、過去は苦手のような気がする。
プライバシーなんて概念がそもそもなくて、誰もが勝手に家にきて、飲んでくって歌って踊って帰って行く。それが当たり前だった過去に僕が生きたなら、その生活が当たり前に感じられたのかな。今に生きているからプライバシーに敏感だったり、一人でいることが好きになったのかな。

そんな社会を変えてしまったことは、ちょっともったいないなと思ったりした。
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by pyababy | 2008-12-26 00:34 |

自分に出来ること。

「君は何が出来るの?」
この問いに対する答えがいつまでたっても浮かばない。

何も出来ないとは思わないけど、形に残る何かは今の僕には出来ない。
形に残すための技術ももっていなければ、経験もない。一度もまともに働いたこともない人間に、何が出来るのだろうか。

何かをするための基礎であったり基盤といたものは作ってきたつもりだけど、実際に何かが出来るレベルにはまだまだほど遠い。そのレベルの人間であることを自覚しているだけに、上記の問いは本当に困る。

「何も出来ない。」
この答えしか、返しようがない。

今日のボクシング(内藤山口戦)であれだけ人を魅了したボクシングをした内藤選手ですら、自分をまだまだダメだと言っていた。謙遜しているわけじゃなくて、本気でそう言っていたように見えた。世界のTOPですら、自分をまだまだだと言う。それなのに、自分は何かが出来ると自信を持って言える人間って、それこそ信用できない。何かが出来ると答えられる人間っているのかな。

こんな問いをして、それに答える就活って何なんだろうと、本気で思う。
今日のセミナーで隣になった人とも話してたけど、誰が得するんだろうね、今の就活システムって。本気で働きたい人は働けなくて、どうでもいい人が口八丁で就職する。企業もよくわからずに人を採って、結局辞めていく。よくわからん。最近こればっかだけど、ほんとにわからないことばかりだ。どんどん知識や経験が増えるにつれ、どんどんわからないことが増えていく。解決するたびに新しい問いを見つけて、嫌になる。でもそれも悪くないなと思う。
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by pyababy | 2008-12-24 00:09 | 日常

経済って何だろう。

カリスマ受験講師細野真宏の経済のニュースがよくわかる本 日本経済編

細野 真宏 / 小学館



法曹からビジネスパーソンへのシフトチェンジゆえに、今更ながら経済の勉強を始めています。とはいえ今の僕には経済の知識などは皆無であり、基礎の基礎からやろうということで手に取ったのがこの本です。

円高円安といった基礎の基礎から丁寧に解説してあることもあり、すごくわかりやすいものとなっていました。基本的な本といっても、案外基礎の基礎は書かれていないことが多いだけに、基礎の基礎に重点を置いて書かれたこの本は僕にとってはかなり読みやすいものでした。それと同時に今までこの程度の知識すら知らなかったという自分が恥ずかしく感じました。

世界経済編もあるみたいなのでひとまず読んでみて、基礎は身につけたいなと思います。基礎があれば案外何とかなる。

この基礎作りってのはいわば0から1を作る行為であって、一番大切なんだと最近になって身をもって理解しました。それゆえにここをきちんと固めたらあとは応用するだけなので、すごく気が楽です。いつかは無から有を作れるようになりたいと思いつつ、身の丈にあった勉強を続けていきたいと思います。
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by pyababy | 2008-12-23 18:10 |

読むことって何かな。

読書と社会科学 (岩波新書 黄版 288)

内田 義彦 / 岩波書店



なぜか読書関係の本をよく読む。
読むって何だろう。読書って何だろう。社会科学って何だろう。
ってのがこの本だった。

本をどう読むか。
この教育を僕は受けたことがない。
国語の時間にやったのは、何だったんだろう。
あの文章読解って意味があったのかな。作者がこのときどう考えただとかそんなことって、作者に聞かなきゃわからないことなのに、何でそれを知ろうとしてたんだろう。行間を読む訓練だったり、情報処理の訓練だったのかもしれないけど、読むことの楽しさはそこにはないと僕は感じている。読むことの楽しさって、著者と自分との対話それ自体だと思う。著者がその時何を伝えたかったのかを考え、それに対しての自分の答えを考える。この二つがあってこその読書だと最近は思う。

ただそれを伝えるこの本が、口述筆記で書かれていたりするのがちょっと納得いかない。
今言ってきたことって何だったのと思ってしまう。

しかしなぜだか僕は新書であるこの本に珍しく時間をかけた。
だいたい新書だと1時間程度、内容の薄い物だと20分とかで読むんだけど、多分3-4時間はかけていたような気がする。もっとかもしれない。

それは僕なりに著者の言葉を理解しようと耳を傾けた結果なのかもしれない。

本の中で触れられていた、読書感想文の無意味さって部分に少し同意した。
本を読んで感想をまとめる行為自体は大切だと思う。文章をより深く理解しないと言葉に出来ないし、それを他者へ伝える形でまとめるためには多くの能力が必要であり、それを付ける訓練としてはもってこいだからだ。しかしこれを課題として出してしまうことが、「読書感想文を書きやすい本を探す」といった本末転倒を生み出し、現在の読書感想文がほぼ無意味になっている、といったことであった。

確かに読書感想文のための本ってのがあふれている気がする。読書感想文の書き方の本であったり、代筆サイトであったり。正直こんなのはばかげてるけど、課題として出されているときにはそんな物が欲しくなってしまう。今だからこそ何も気にせず感想が書けるが、当時の僕は読書感想文が苦手で、書くことが嫌いだった。多分それは課題だったからであり、形式を守ることにとらわれすぎた結果であるとも思う。

それだと本当の本の良さってのは理解できないし、読む意味もない。それに気付くのにはやっぱり時間がかかるし、きっちり教えないとわからない。でもそれを教えられる人間ってのがいなくて、困ってるのが今の教育なのかな。わかんないけど。

今僕が書いているものであったり、世間にあふれている書評というものが、読書感想文なんだなと最近になって思うようになった。自分がその本と向き合って、何をえたのか、何を考えたのかを書く。ストーリーを追うのではなくて、自分視点で自分を裸にして本と向き合った結果を書く。多分それだけなんだけど。

本の評価を、本の感想を書いているはずなのに、本によって自分が裸にされている気がしてならない。就職試験とかも、本の感想書かせるだけにしたらいいのに。多分だけど、どんな人間かを見るにはそれが一番わかりやすい。いろんな人の書評を見ていてそう思う。

相変わらずまとまらない書評を書く俺は、多分まとまりのない人間。
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by pyababy | 2008-12-23 12:47 |