日々垂れ流し。
by pyababy
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ステージ

学生というステージが終わる。

永遠に続くと思っていた時間は実は短かくて、
明日からは新しいステージにあがる。

価値観は変わることがあっても、
根本の部分は変わらないでほしいと友人にいわれた。

多分、社会は僕にとってわからないことだらけで、
色々な出会いや刺激や衝撃があって、
みたいものもみたくないものも沢山見ると思う。

そんなときに、
何があっても揺るがない部分を大切にしたいと思う。
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by pyababy | 2010-03-31 21:35 | 日常

なりたい自分という言葉に関して思うこと。

なりたい自分ってなんだろう。

ヴィジョンを目指して行動することが美徳だというよくわからない考え方は、
疲れるだけで特にメリットがないから多くの人間には向かないんじゃないかな。

ごく少数の向上心の塊というか欲の塊のような人間にとっては良い考え方なのだろうが、
一般人にとっては、そもそもなりたい姿とかもないし(だから資格とかを目指す)、
ひたすら努力するよりもその日その日を楽しむ方が大切だと思うから、
こんな一過性の馬鹿みたいなブームに乗るよりは、
自分のしたいことをしてればいいんじゃね?なんてことを僕は思うわけです。

もう一つ。

「今の自分」は「なりたい自分」じゃなかったの?

なりたい自分というものが本当にあるのならば、
「今の自分」は「なりたい自分」になっている、もしくは、
「なりたい自分」に近づいているはずである。

でもそんなものが「そもそも存在しなかった」から、
「今の自分」は「なりたい自分」ではない「ダメな自分」に思えてしまう。

要するに、「なりたい自分」っていう空想に振り回されて、
今の自分を卑下して、空想の自分を追いかけることが美徳という世界は、
どこかおかしい。
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by pyababy | 2010-03-30 01:49 | 日常

夢を持てという言葉に対して思うこと。

夢を持て。

そんな言葉は聞き飽きた。

でも誰も、夢を追うリスクや、
夢が叶わなかった後のことを教えてくれなかった。

確かに、夢を持つことは素晴らしいことだと思う。
それは僕も同意する。

だけれども、素晴らしいからといってすぐに夢を追えるかどうかでいえばNoである。
なぜなら夢にはリスクがあって、そして、そのリスクが大きすぎるからである。
それゆえに、多少頭が回る人間は、夢を諦めるのである。

だからこそ、夢を持てという無責任な言葉を語る大人に、幾つか伝えたいことがある。

まずは、夢を追えというだけでなく、夢を追うリスクも伝えろ。
夢の良さだけ語るのは、一種の詐欺と何ら変わりない。

次に、夢を追うリスクが実は小さいということをきちんと伝えろ。
世の中には何故か成功者の例か、世間でいう失敗者の例しか存在していない。
そして失敗者の例は、どれも僕らが憧れようにも憧れられない例しか存在しない。
それゆえに夢を追い失敗することのリスクがあまりにも大きいように感じられてしまう。
だけれども、夢に破れたところで死ぬわけでもないし、
失敗が糧となり、二回目の挑戦で夢を叶えるかもしれない。
そんな例も、多分探せばいくらでもある。
だから、夢を叶えられなかった人の話をもっときちんと伝えろ。
そうすることによって、夢を追うリスクの小ささもきちんと伝えられるから。

最後に、夢を叶えられなかった後のフォローをお前がやると誓え。
夢が叶わなくても「なんとかなる」というセーフティーネットがあってこそ、
本気になって一途に夢を追えるようになる。
そんなセーフティーネットが無い限り、いくら「夢を持て」と大人が語ったところで、
リスクを恐れるあまり、本気で夢を追う子供は育たないと僕は思う。
失敗してもなんとかなる。
こう思えない限り、僕らは前に進めない。
大人は経験上誰でもそれを理解しているのだから、
子供が失敗してもなんとかなると思える社会を創る責任があると僕は思う。

夢の大切さを語ったところで、子供は動かない。リスクが怖いから。
だが、失敗しても大丈夫という確信さえあれば、子供だろうが大人だろうが夢を追う。

大人の責任というものは、
子供が安心して失敗できる社会を創ることなんじゃないかなと、最近強く思う。
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by pyababy | 2010-03-25 01:44 | 日常

うらおもて人生録

うらおもて人生録 (新潮文庫)

色川 武大 / 新潮社




「再読せよ。
一生かけて読む本に、あなたはすでに出会っている。
さもなくば、そいつはこの世に存在しない。」

某所にこんな言葉が書かれていた。
再読したいなと思う本は今までに何冊か出会ってきた。
しかし、再読すべきだと強く感じる本に出会えたことはなかった。

そんな僕もついに出会ってしまった。
再読すべき本に。

まさか、大学時代の最後に出会えるとは思っていなかっただけに、
ある意味において僕のこれからの読書生活を変えてしまう本になった。

色川武大。
この名前でもある程度は有名な人なんだけれども(僕は知らなかったけど)、
阿佐田哲也という名前ならば、ほとんどの人が聞いたことがあるのではないだろうか。

雀聖とよばれる彼が、若者に対して綴った人生の教科書が本書であり、
人間が生きていく上での技術とセオリーが惜しみなく語られている。

人生のセオリーが書かれた本なんて幾らでもあるけど、
だいたいの本が著者が一流じゃなかったりして、素直に受け止められなかった。

しかし本書は、賭博という裏の世界の人間だったとはいえ、一流の人間が綴っている。
それゆえに、他の本とは重みが違った。

9勝6敗を目指せだとか、
まずはフォームをフォームを固めろだとか、
適度な負けが必要だとか、
前哨戦こそが本番だとか、
欠点をもつことの必要性だとか、
彼以外は語り得ない生きていく上の技術が、惜しみなく綴られていた。

負けることの大切さを説く人生本とか見たことなかったよ。
実力というものの本当の意味だとか、
どれだけ勝つかより、勝負の場からのタチ時が大切だとか、
そんなことはだれも教えてくれなかったし、
多分普通に生きていても気付けなかったことだと思う。

社会に出る前の今、この本と色川武大氏に出会えたことを感謝したい。
多分、この本に書かれていることが全て理解できたときに、
僕もどこかの分野で一流とよばれる人になれるのかなと思う。

今出会えてよかった。
そして、これからも常に手元に置き、読み返したい一冊だ。
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by pyababy | 2010-03-23 01:28 |

プロの撮り方 デジタルカメラ 風景

ナショナル ジオグラフィック プロの撮り方 デジタルカメラ 風景

ロバート カプート / 日経ナショナルジオグラフィック社



気付いたら趣味でカメラをいじるようになっていた。
基本的には風景とか街中スナップ中心に写真を撮っている。

デジタル一眼の基本的な使い方や、
色んな状況に置ける適切な露出なんてものもある程度わかるようになってきて、
ある程度は自分の思うような写真が撮れるようになってきた。

そのせいか、「なんとなく」撮る写真から、
「1つの作品」として撮る写真をなんとなく目指したくなったので、本書を購入した。

本書のエッセンスを一言で纏めるならば、
「考えて撮れ」という言葉に収まる。

何故その風景に魅力を感じたのか。
その風景のどこに対して魅力を感じたのか。
魅力がわかったならば、その魅力をどうやって写真で表現するのか。
表現においてはどのような構図、露出、光の加減がいいのか。

そんなことを「考えて撮れ」ばよいと。

良い写真というものは、写真の中に写る全てのものが何かを物語っているそうだ。
一つひとつに意味があって物語があるということは、
すなわちそれら一つひとつにまで神経を巡らし、考えた上で撮った結果といえる。

写真が楽しいなって思う理由は、
風景を切り取る楽しさじゃなくて、
そうやって考えながら撮る楽しさなんだろうなと、本書を読んで改めて感じた。
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by pyababy | 2010-03-23 01:06 |

現代社会の理論

現代社会の理論―情報化・消費化社会の現在と未来 (岩波新書)

見田 宗介 / 岩波書店



相変わらず見田宗介が天才過ぎて僕にはついていけなかった。

新書なのに二ヶ月くらいかけてしまったとか、意味がわからない。
でもそれくらい深い内容だった。

情報化・消費社会に関しての洞察なんかは、彼ならではだと思うし、
「情報化/消費化社会こそが初めての純粋な資本主義である。」
なんて言葉は、多分彼しか書いていない。

南の貧困・北の貧困なんかも、
彼が記すような観点から見た政策をきちんととれば、
確実に解決する問題なのになーなんてことを思ってしまった。

今の僕にはいかんせんレベルが高い本であることは否めなかった。

この本が彼の講義の社会学の一般教養の教科書とか、
世界にはすごい人がいっぱいいるんだなーなんてことも思った。

論理的な頭をもちたかったなあ。
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by pyababy | 2010-03-23 00:59 |

最短距離。

友人が、夢までの最短距離を走るなんてことを言っていた。
彼には悪いが、多分それは無理なんじゃないかなと思う。

僕もかつては、最短距離を走りたがる人間だった。
目的を決めれば、それに対しての最短距離以外に目を向けることはなかった。

だけれども、結果論かもしれないけれども、
最短距離を走ろうと思って最短距離を走ることができたことは今までになかった。

逆説的かもしれないけど、
最短距離なんか目もくれずに回り道ばかりしたときの方が、
振り返ってみたときには最短距離を走れていたように思える。

20数年生きて思うことは、無駄な経験ってのは1つもなくて、
後から振り返ったときにどれも活かすことができるんじゃないかなってこと。

そして最短距離だったかどうかというのは、
後から振り返ったときにしかわからないんじゃないかなってこと。

だから、時間的な最短距離にこだわるよりも、
時間はかかったとしてもその時々の直感に従った行動をしていた方が、
結果的には最短距離を歩めるのかなと思う。

そんなことなんかを日々感じているからか、
20代のうちはできる限りの回り道をしたいなーなんて思ったりしている。

多分それが、社会で求められるところの我慢であったり、
石の上にも三年なんていうことわざに表れているのかなーなんてなんとなく思う。

効率よくとか、要領よくとかそんなことが求められる。
短期スパンでみたときは大切なことかもしれないけど、
長期スパンでみたときは、非効率で要領の悪い行動なのかもしれない。

そんなこんなで無駄な努力っていうのが昔は嫌いだったけど、
今は無駄な努力っていうのが好きかもしれない。
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by pyababy | 2010-03-21 23:46 | 日常

なんてことは、まるでない。

砂漠 (Jノベル・コレクション)

伊坂 幸太郎 / 実業之日本社



なんとなく一年前くらいから、大学の卒業式の前日には、
伊坂幸太郎の『砂漠』を読もうと思っていた。
深い意味はまるでない。

僕にとってこの作品は、ある種の理想の大学生活だった。
こんな学生生活だったらいいなーなんて思うんだけど、
でもそんなことはありえないような世界を描いていてて、
ないものねだりみたいな感じで好きだった。

もちろん僕が過ごした大学時代は、
北村や西嶋、東堂、南が過ごしたようなものじゃないけど、
自分に素直には過ごせたんじゃないかなと思う。

4月から僕は社会という砂漠に出て行く。
「砂漠はからからに乾いていて、愚痴や嫌味、諦観や嘆息でまみれ、
僕たちはそこで毎日必死にもがき、乗り切り、
そして、そのうちその場所にも馴染んでいくに違いない。」

友人達とは最初のうちこそ、定期的に連絡をとるけれど、
だんだんと自分たちの抱える仕事や生活に手一杯で、
次第に音信不通になるだろう。

僕は、地元を離れ働くことに疲労を覚え、
日々孤独感にさいなまれるかもしれない。

そして、さらに数年もすれば、彼らと過ごした学生時代を、
「懐かしいなあ」「そんなこともあったなあ」と
昔に観た映画と同じ程度の感覚で思い返すくらいになり、
結局、僕たちはばらばらになる。

なんてことはまるでない、はずだ。
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by pyababy | 2010-03-18 01:34 |

20歳のときに知っておきたかったこと

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

ティナ・シーリグ / 阪急コミュニケーションズ



スタンフォードで起業家育成を行う著者が20歳になる息子の誕生日に送る、
著者自身が「20歳のとき、30、40のときに知っていたかったことであり、
50歳のいまも、たえず思い出さなくてはいけないこと」を記した本。

こういった同様の人生訓のような本は、腐るほど世の中に溢れているし、
僕自身も幾度となく読んできた。

そのどれもが似たり寄ったりであることは否定できない。
本書もある意味においてはそれらの本と似たり寄ったりであった。

だけれども、異質な部分が幾つかあった。

1つは、著者の後悔と反省が惜しみなく記されている点。
もう1つは、本書全体を通して1つのテーマが貫かれている点である。
特に後者が印象的であり、他との差別化に繋がり、本書を良書たらしめていた。

ひとことでいえば、「自分に許可を与えること」。

世の中に「やっちゃだめ」ってことは何一つなくて、
「やっちゃだめ」と思っている自分に対して「許可」を与えてあげる。
その「許可」を与えてもいいんだよといったことが、全体として述べられている。

失敗しようが、ルールを破ろうが、交渉を終わらせようが、
何をしてもいいんだよと。
常識においては「ダメ」とされていることを行ってもいいんだよと。

僕らが何かを行えないときって、結局自分に言い訳してることが多いなと思う。

何故そんな言い訳をするかといえば、
失敗することはダメなことと思い込んでいたり、
ルールは守るものだと思い込んでいたりといった、
自分に対しての何らかの制約が僕らを言い訳に導いているんじゃないのかなと思う。

例えば、「失敗したくない」からやらないだとか、
「ルールを破るのは悪いこと」だからやらないだとか。

でもそんなことばかりいってたら、チャンスがどんどんなくなっちゃう。
だけど僕らは、それらを失うのが怖くて「言い訳」をして、やらないを選択してしまう。

そんなぼくたちに彼女が伝えたかったことが、
ルールとかを破っても全然問題ないし、人生が破綻するなんてこともないし、
むしろ成功したりしちゃう人もいるし、案外良いこともあるんだよ?ってことを僕らに示し、
違う選択もしていいんだよという「許可」を自分に与えて、
もっと選択の幅を広げてみようってことだった。

まあ、いいたいことはわかるし、大切なことなんだと思う。
だけど、それだとしても動けないのが僕らなんだよなとも思う。

頭では許可を出してもいいということがわかっていたとしても、
自分の今の生活に存在する仮の安定を失うのが怖くて、
結局の所動けなかったりするんだと思う。

なんかまあこの辺、農耕民族日本人のDNAに記されていることで、
牧畜民族のDNAとは違うらしいってことをどこかで読んだからしょうがないのかなとも思う。

なんてことを読みながら思ってたら、解説の人が書いてくれてた。さすが。
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by pyababy | 2010-03-17 23:01 |

人間失格。

人間失格・桜桃 (角川文庫)

太宰 治 / 角川書店



映画化されたこともあって再読。

僕が知る限り、人間失格は最高の小説のうちの1つだと思う。
圧倒的な文章力と、人を惹き付ける絶望、そして読後のもやもや感。
どれをとっても最高の部類に入る。

映画を見た後に読んだからか、
小説の中に出てくる人物が、映画の配役そのままにイメージされてしまった。
小池栄子や石原さとみがでてきて、なんだか不思議だった。

映画自体もそれなりに良かったと思う。
とはいえ小説を知らない人にはよくわからない作品のようだけれども。

ただ、僕としては3葉の写真をもっと強調してほしかったなと思う。
特に3枚目。
こればっかりはさすがに表現できなかったんだろうけど。

ただ、一さいは過ぎて行きます。
この言葉に集約されるであろう人間失格は、
いつの時代になっても読み継がれていき、
自分より下の人間がいるという安心感と、
自分もこんな風になるのではないかという不安感と、
自分の同類を見つけたことに対する安堵感を、
僕らに与え続けていくのだろう。
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by pyababy | 2010-03-12 00:41 |