日々垂れ流し。
by pyababy
カテゴリ
全体
日常

転職
未分類
以前の記事
2016年 01月
2015年 12月
2015年 04月
2014年 10月
2014年 04月
2013年 12月
2013年 04月
2012年 12月
2012年 01月
2011年 05月
2011年 03月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


成長という言葉に関して思うこと。

最近やたらと成長という言葉を耳にする。

会社の育成担当の人からも言われるし、
同期も「成長したい」といった言葉をよく発している。

なんというか、そんな状況に違和感を感じる。

成長ってなんなんだろうという根本的な問もあるし、
成長ってのは周りから強制されるものなのかという疑問もある。
また、成長してどうなるの?という疑問もぬぐえない。

成長したいと思うこととか、成長するということ自体は、
多分いいことなんだと思う。

でもなんというか、
成長すること自体が目的になってて、
成長させることが目的になっている状況っていうのが、
僕にとっては異常な状況なのだと思う。

大切なことは、成長することじゃなくて、
今の自分や未来の時分が何をなすかだと思う。

そこがないがしろにされている成長という言葉には、
なんの重みもないし、そこに費やした時間も、
意味がないものになると思う。

あとなんとなく思うんだけど、
成長ってのはしたいと思ってできるものじゃなくて、
何かをなしたあとに、振り返ってみて初めて解るものだと思う。

だから、成長を目的とした行動というのは何かおかしくて、
何かをなすための行動の結果、
付随的におきるものが成長なんじゃないかなと思う。

成長は目的なんじゃなくて、
あくまで行動の結果からくる副次的なもので、
大切なことは、
目の前のものごとを
いかにしてとりくむかってことだと思う。

成長したいから自己研鑽をするんじゃなくて、
目的達成のためにそんなことができる人でありたいと思う。
やることは同じだけど、意識としてはそうありたい。
[PR]
# by pyababy | 2010-05-23 01:03 | 日常

日。

一週間が早い。
気がつけば終わっている。

会社は相変わらずの研修なので、
なんら価値を生み出さないまま日々を過ごしている。

一日も早い。
気付けば昼休みで、気付けば定時。
時間を区切っているからか、
それとも多少集中しているからなのかはわからないが、
すぐに一日が終わる。

やることがある(ように思える)日々は、
充実しているような錯覚を覚えさせるが、
実際はそんなことはないと思う。

日々を忙しく過ごし、疲れることが、
充実した日々を過ごしているわけではないということを頭に叩き込まないと、
疲れることに満足を覚えてしまいそうで怖い。
[PR]
# by pyababy | 2010-05-15 22:40 | 日常

つよみ

後輩の就職相談にのっていた。
あれから一年と思うと、はやかったなーとしか思えない。

視野を広げてみたらどうか?というアドバイスを終始していたのだが、
伝わったか否かはわからない。

彼の話を聞きながら、自分の強みは何かということを改めて考えていた。

多分、一番の強みは、常識などを度外視して考えることができることだと思う。
いわゆるゼロベースで考えることが得意だと思っている。

次にくるのは、視野の広さだと思う。
ゼロベースで考える癖がついているがゆえに、
多方面から物事を捉えるようになり、
結果として視野が広がった。

その次くらいに、打たれ強さというものがくる。
正確にいえば、物事を受け流す能力といったところだろうか。
自分を客観視し、相手の意見と人格を切り離し、
ある意味においては他人事のように物事を捉えているがゆえに、
相手から批判されても何もおもわない。

逆に弱みは、
自己に執着がないこと、
社会生活に向かないこと、
相手の人格を無視した批判をすることが多い、
といったところだろうか。

まあこの辺の強みや弱みなんかは、
それを証明するすべを持たないため、
面接なんかでは伝えにくいものだったりする。
[PR]
# by pyababy | 2010-05-10 01:09 | 日常

はいじんせいかつ

まさか社会人の方が学生より遊んでるとは思わなかった。

そんな感じの社会人一月目は飲んだ記憶しかない。

研修期間は定時で帰れるから、大してしんどくもない。
そこから飲みにいって麻雀して寝るという生活であった。

この一月で自分が成長したとは思えない。
研修をいくらやろうが、実践のない学習には何の意味も伴わず、
僕にとっては学生時代となんらかわりもなかった。

このひと月は社会人としての土台がためとして大切だといったことを、
研修担当の人から嫌というほど聞かされた。

もしこれが基礎として大切なことだったのならば、
社会は僕の想像より大幅に甘いことになる。
多分そんなことはないので、研修内容が悪いか、
受け取り手の僕がわるいのだろう。
多分後者だ。

一ヶ月を振り返ってみても、大して記憶にのこっていない。
それは印象の薄いことばかりだったからではなく、
記憶として定着するよりも早くに、
多くの事象が過ぎ去っていったからだとおもう。

体験が経験に置き換わるためには時間が必要で、
1人でゆっくりと振り返る時間が大切なのだと思う。

その時間をあまりもつことができなかったから、
記憶に残らないひと月になったのだろう。

多分これまで以上に1人の時間が大切になると思う。
きっちり自分の経験として蓄えていかないと、
何の意味もない二十代を過ごしそうで少し怖い。

意味のあった期間を過ごすためにも、
体験するだけでなく、それを消化していく時間を大切にしていきたい。
[PR]
# by pyababy | 2010-05-02 23:22 | 日常

じかん

社会人になると、時間がないといったことをよく聞いた。
実際はそんなこともなく、なんのかわりもない。

ただ、必要な時間は残って、
不必要な時間は自然と淘汰されたように思える。

ご飯やお風呂の時間はかわらないものの、
ネットをしたり、漫画を読んだり、
テレビをみてダラダラする時間が少し短くなった。

なんというか、人間はその場の環境に最適化して生きるもので、
時間に関しても同様なのだと思った。

多分、本当に必要な時間はいつまでも残って、
不必要な時間は生活とともに最適化されていくのだろう。

そのように考えるならば、今過ごしている時間は生活に応じて最適化されたものであって、
それがたとえネトゲの時間だろうが漫画の時間だろうが、
それらはその時々の生活において必要な時間であるといえよう。

それゆえに人生において無駄な時間は存在せず、
全てが意味のあるものだといえよう。

ただ、それらは本人にとっての意味であって、
他者からみた時には無駄に思われても仕方がないというのは、当然である。
[PR]
# by pyababy | 2010-04-24 19:14 | 日常

12

当たり前のように、毎日12時間会社にいます。

でもまあ、苦痛と感じることは少なく、
案外楽しくやれています。

研修だから、実際の業務より明らかに楽ということを差し引いたとしても、
想像していたものよりは楽しめています。

同期とかへの興味なんてものはさらさら無かったわけですが、
面白い人が多く、また、知的レベルが近い人間が集まっているだけに、
予定外に仲良くなってしまいました。

この会社いいかも。
なんてことを思ってしまった自分が、かなり嫌いです。

まあ毎日刺激があって、
遊んでたら金がもらえるとか、
社会人ってのもすてたものじゃないなと思いました。

多分、研修終わったら会社やめてーーーとか
毎日のように思うんでしょうけどね。
[PR]
# by pyababy | 2010-04-10 09:58 | 日常

ステージ

学生というステージが終わる。

永遠に続くと思っていた時間は実は短かくて、
明日からは新しいステージにあがる。

価値観は変わることがあっても、
根本の部分は変わらないでほしいと友人にいわれた。

多分、社会は僕にとってわからないことだらけで、
色々な出会いや刺激や衝撃があって、
みたいものもみたくないものも沢山見ると思う。

そんなときに、
何があっても揺るがない部分を大切にしたいと思う。
[PR]
# by pyababy | 2010-03-31 21:35 | 日常

なりたい自分という言葉に関して思うこと。

なりたい自分ってなんだろう。

ヴィジョンを目指して行動することが美徳だというよくわからない考え方は、
疲れるだけで特にメリットがないから多くの人間には向かないんじゃないかな。

ごく少数の向上心の塊というか欲の塊のような人間にとっては良い考え方なのだろうが、
一般人にとっては、そもそもなりたい姿とかもないし(だから資格とかを目指す)、
ひたすら努力するよりもその日その日を楽しむ方が大切だと思うから、
こんな一過性の馬鹿みたいなブームに乗るよりは、
自分のしたいことをしてればいいんじゃね?なんてことを僕は思うわけです。

もう一つ。

「今の自分」は「なりたい自分」じゃなかったの?

なりたい自分というものが本当にあるのならば、
「今の自分」は「なりたい自分」になっている、もしくは、
「なりたい自分」に近づいているはずである。

でもそんなものが「そもそも存在しなかった」から、
「今の自分」は「なりたい自分」ではない「ダメな自分」に思えてしまう。

要するに、「なりたい自分」っていう空想に振り回されて、
今の自分を卑下して、空想の自分を追いかけることが美徳という世界は、
どこかおかしい。
[PR]
# by pyababy | 2010-03-30 01:49 | 日常

夢を持てという言葉に対して思うこと。

夢を持て。

そんな言葉は聞き飽きた。

でも誰も、夢を追うリスクや、
夢が叶わなかった後のことを教えてくれなかった。

確かに、夢を持つことは素晴らしいことだと思う。
それは僕も同意する。

だけれども、素晴らしいからといってすぐに夢を追えるかどうかでいえばNoである。
なぜなら夢にはリスクがあって、そして、そのリスクが大きすぎるからである。
それゆえに、多少頭が回る人間は、夢を諦めるのである。

だからこそ、夢を持てという無責任な言葉を語る大人に、幾つか伝えたいことがある。

まずは、夢を追えというだけでなく、夢を追うリスクも伝えろ。
夢の良さだけ語るのは、一種の詐欺と何ら変わりない。

次に、夢を追うリスクが実は小さいということをきちんと伝えろ。
世の中には何故か成功者の例か、世間でいう失敗者の例しか存在していない。
そして失敗者の例は、どれも僕らが憧れようにも憧れられない例しか存在しない。
それゆえに夢を追い失敗することのリスクがあまりにも大きいように感じられてしまう。
だけれども、夢に破れたところで死ぬわけでもないし、
失敗が糧となり、二回目の挑戦で夢を叶えるかもしれない。
そんな例も、多分探せばいくらでもある。
だから、夢を叶えられなかった人の話をもっときちんと伝えろ。
そうすることによって、夢を追うリスクの小ささもきちんと伝えられるから。

最後に、夢を叶えられなかった後のフォローをお前がやると誓え。
夢が叶わなくても「なんとかなる」というセーフティーネットがあってこそ、
本気になって一途に夢を追えるようになる。
そんなセーフティーネットが無い限り、いくら「夢を持て」と大人が語ったところで、
リスクを恐れるあまり、本気で夢を追う子供は育たないと僕は思う。
失敗してもなんとかなる。
こう思えない限り、僕らは前に進めない。
大人は経験上誰でもそれを理解しているのだから、
子供が失敗してもなんとかなると思える社会を創る責任があると僕は思う。

夢の大切さを語ったところで、子供は動かない。リスクが怖いから。
だが、失敗しても大丈夫という確信さえあれば、子供だろうが大人だろうが夢を追う。

大人の責任というものは、
子供が安心して失敗できる社会を創ることなんじゃないかなと、最近強く思う。
[PR]
# by pyababy | 2010-03-25 01:44 | 日常

うらおもて人生録

うらおもて人生録 (新潮文庫)

色川 武大 / 新潮社




「再読せよ。
一生かけて読む本に、あなたはすでに出会っている。
さもなくば、そいつはこの世に存在しない。」

某所にこんな言葉が書かれていた。
再読したいなと思う本は今までに何冊か出会ってきた。
しかし、再読すべきだと強く感じる本に出会えたことはなかった。

そんな僕もついに出会ってしまった。
再読すべき本に。

まさか、大学時代の最後に出会えるとは思っていなかっただけに、
ある意味において僕のこれからの読書生活を変えてしまう本になった。

色川武大。
この名前でもある程度は有名な人なんだけれども(僕は知らなかったけど)、
阿佐田哲也という名前ならば、ほとんどの人が聞いたことがあるのではないだろうか。

雀聖とよばれる彼が、若者に対して綴った人生の教科書が本書であり、
人間が生きていく上での技術とセオリーが惜しみなく語られている。

人生のセオリーが書かれた本なんて幾らでもあるけど、
だいたいの本が著者が一流じゃなかったりして、素直に受け止められなかった。

しかし本書は、賭博という裏の世界の人間だったとはいえ、一流の人間が綴っている。
それゆえに、他の本とは重みが違った。

9勝6敗を目指せだとか、
まずはフォームをフォームを固めろだとか、
適度な負けが必要だとか、
前哨戦こそが本番だとか、
欠点をもつことの必要性だとか、
彼以外は語り得ない生きていく上の技術が、惜しみなく綴られていた。

負けることの大切さを説く人生本とか見たことなかったよ。
実力というものの本当の意味だとか、
どれだけ勝つかより、勝負の場からのタチ時が大切だとか、
そんなことはだれも教えてくれなかったし、
多分普通に生きていても気付けなかったことだと思う。

社会に出る前の今、この本と色川武大氏に出会えたことを感謝したい。
多分、この本に書かれていることが全て理解できたときに、
僕もどこかの分野で一流とよばれる人になれるのかなと思う。

今出会えてよかった。
そして、これからも常に手元に置き、読み返したい一冊だ。
[PR]
# by pyababy | 2010-03-23 01:28 |