日々垂れ流し。
by pyababy
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働く、ということ。

ワーキングプア―日本を蝕む病

ポプラ社


ワーキングプア 解決への道

ポプラ社



僕が働くことになるであろう会社の初任給は、だいたい20万強。
額面だと一年目で年収300万程度になる。
週休2日で、福利厚生もそれなりに充実している。

ある程度の大学に通う人間からすると、上記が普通のことのように思える。
初任給が10万円台だと、安く感じてしまう。

それがどれだけ恵まれているかという事実に、僕らはなかなか気付けない。
それが普通であって、自分の知る唯一の世界だから。

でも世の中には、365日働いて、月収10万の人もいる。
住宅補助など存在せず、社会保険にすら入ることが出来ない人がいる。
必死に働いても、食べていくことすら出来ない人がいる。
それ以前に、働くことすら出来ない人がいる。

その人達のことを、もっと知るべきだと思った。
そして彼らの分も必死になって働くことが、僕の責任だと思うから。

生きていくために必要な分を稼げない人がいる。
もちろんこの中には、自己責任としか言いようがない人もいる。
だけれども、自分ではどうしようもないことによって、
そのような生活を強いられている人間がいるのも事実である。

今の日本は、弱者にとっての最高の国とは言い難い。
親がどのような人間であるかによって、子の人生が決まると言っても過言ではない。
裕福な家庭は子供に最高の教育を施すことができ、
結果として子供もそれなりの道を歩むことが出来る。

しかし、お金がない家庭の子供はそのようなわけにはいかない。
学校に行かせたくても、行かすことが出来ない。
子供にとっての選択肢がほとんどない。
大学など夢のまた夢。
その子供は、いい就職先が見つからず、貧困のループを生む。

その事実を僕はほとんど知らずに育った。

その理由を考えたときに出てきた答えは、住む世界が違うということだった。
これは別に僕が選民だとかそんなことを言いたいわけではない。

ただ単純に、住む世界が違うという事実である。
地域的なこともあるし、生活環境といったこともあげられる。

僕の住む地域は関西圏であるため、
日本においてはそれなりに裕福な地域である。
それゆえに、ワーキングプアといったものに触れあう機会はほとんど無い。

また、僕が普段行くような店や場所は、
彼らにとっては高級な部類に値する。
マクドナルドや、ファミレスが、である。

地域や環境が違うために、会うことがない。
それゆえに、僕らはその現実に気付けない。

学ぶことが当たり前で、食べることが当たり前の僕らには、
彼らの世界を知ることが出来ない。

派遣先へ向かうバスを待つ集団のことなど、気にも留めない。
ましてやその彼らがどのように生きているかなんて、興味すら湧かない。

でも、それでいいのだろうか。
本を読みながら、ずっと考えていた。
もっと彼らの話を僕らは聞くべきではないのだろうか。
人ごととして考えるのではなくて、自分の問題として捉えるべきじゃないのだろうか。
そう思ったときに、自分が行うことになるであろう仕事についても考える必要がでてきた。

僕が行うはずの仕事は、より効率的なシステムを作る仕事である。
裏を返せば、人の手がいらない世の中を創ることに貢献していくことである。

すなわち、彼らの仕事を奪うのが、僕の仕事である。
僕が幸せになることで、多分誰かの仕事が無くなっていく。
新しい雇用の創出に繋がることは、多分無いだろう。

その仕事を行うことに、少し抵抗がでてきた。
それと同時に、新しい可能性も見えてきた。

僕がやるべきことは、新しい雇用も創出しつつ、
世の中を効率化していくことなのかもしれない。
多分そんなことがこれからは求められていると思う。

僕が何かを行ったからといって、変わる世界じゃない。
それだからといって何もしないという選択をとるわけにはいかない。

考える頭を持ち、動ける身体を持ち、
そして何よりも、選択できる状況で育ったこと。
その者の責任は果たしたいと強く思った。
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by pyababy | 2009-07-18 03:03 |
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