日々垂れ流し。
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知的生産の技術。

知的生産の技術 (岩波新書)

梅棹 忠夫 / 岩波書店



40年ほど前に書かれた名著。
学校では(大学も含めて)勉強は教えても、勉強の方法を教えないのはいかがなものか、といった問題提起を元に、著者なりの「知的生産」の方法を述べている本。

40年前ということもあり、今であれば「当たり前」になりつつあることもあったりするが、昔と今を比べても進歩していないものが多かったりして、少々驚いた。40年かけて日本人が全然進歩していないということは、恥ずべきことなのかもしれないと思う。少なくとも大学では、本書に書かれているような「知的生産」の技術については何も教えてもらっていないし、教えていると言うこともきかない。(僕自身は高校においてそれらの技術を教わったが、それは通っていた高校が特殊なものだったことに依拠する。)そしてそれらを調べようにも、碌な本が出ていない。本書が40年にもわたって読み継がれている事実こそが、進歩していない事実を物語っているように思える。

知的生産の技術の進歩とは裏腹に、知的生産に用いる用具の進歩は日々進んでいる。例えば、本書が書かれた当初では、「カード」によって情報を纏める技術が最先端であった。そして和文タイプライターが出てきた当初であり、あくまで手書きが基本であった。そのため書類整理といった問題に直面することが多く、本書の内容においても、情報をどのようにして整理するのかといった点が中心になっていた。

しかし現代には、パソコンという驚くべき武器がある。この中では英語も日本語もフランス語も入力が可能であり、ファイルの管理も簡単に可能になる。さらには、インターネットの技術によっていつでもどこでも情報が取り出せるという物理的な限界までも取っ払ってしまった。用具の進歩によって、本書に書かれているような技術については現代においてもそのままつかえるようなモノは少なくなっている。

ただ、僕らには自分の能力以上の武器が与えられていることもあり、それらを上手に使いこなせているとは到底言うことができない。そのため、現代における「知的生産の技術」といったものが、今後必要になってくることは明白である。今はメディアリテラシーなんていう横文字が並んでいるが、そこをもう一歩発展させ、現代における知的生産の技術を確立してほしい。というか、その辺のことをさっさとやっていくことが自分たちの世代の役目だとも思った。
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by pyababy | 2009-10-07 02:01 |
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