日々垂れ流し。
by pyababy
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オレ様化する子どもたち

オレ様化する子どもたち (中公新書ラクレ)

諏訪 哲二 / 中央公論新社



読んでいて非常にイライラした。

子どもの自己が云々ということを語っている著者が、
一番思考が凝り固まっているように思えたからだ。

教育問題というのは僕はよくわからない。
というかそもそも問題なのかもよくわからない。

この本の立場は、どちらかといえば子どもが悪いといった感じであった。
しかし普通に考えるならば、子どもがこのように育ってしまった社会の方に問題があるといった結論に達すると思うのだけれども、何故だか社会や親が育てた結果である子どもが悪者にされてしまっているのがなんとなく理解に苦しむ。

教育に関して考えるときに、僕には一人理想の教師が存在している。
それは伊坂幸太郎の小説「チルドレン」に出てくる陣内である。

彼は、ありのままの子どもを受け止める。
というか、子どもだろうが大人だろうがなんだろうが、
自分の目で見たことを元に、人に対して対応していく人間なのである。

これって人間に対する当たり前の対応だと思うんだけど、
今の世の中だとなかなか取ることができない対応だと思う。

その人を評価するときに、その人そのものじゃなくて、
その人が所属する団体であったり、立場であったりといった、
その人以外の何かで評価してしまう癖が身についてしまっているからだ。

だから僕らは「17歳の少年」といった言葉を使いたがるし、
「団塊世代」といった言葉も使ってしまうのである。

そこに存在するのは一人ひとりの人間のはずなのに、
あくまで「17歳」なのである。

その辺の認識が変わっていけば、世界って良くなるのになと思う。
なんかまとまらないな。
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by pyababy | 2009-10-14 22:43 |
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