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遺書。
あれほど綺麗な遺書を見たのは、初めてでした。
相変わらず古典文学を読んでいるわけですが、ようやく太宰の「斜陽」を読み終えました。もっと昔に読んでいるべき本ではあると思うのですが、そのあるべき時の僕は古典というものに興味がなく、日々の話題となっている本ばかり手に取っていました。 古典文学の良さは、過去から現在まで生き残っていることが実証する洗練された文章の良さでしょうか。基本的にどの本もハズレと思えるものはなく、何か一つでも得るものがあるために多少難しい文体でも何かを得るという目的のために読み進めることができます。 「斜陽」は名前はもちろん知っていましたが、読んだことがありませんでした。 太宰の作品自体は何作かは読んでいましたが、それと比べると最初のつかみの部分から中盤にかけては面白いところが何もなく、期待はずれ感が漂っていました。 だけど、後半は僕の心を確実に奪いました。 自殺することが人生の正解であるかのような書き方、遺書というものの美しさ、死ぬことに対する希望、そして何より人間社会というものへの絶望というものが、たった数ページの中に浮かび上がっていました。 あれほどまでに人間というものを侮蔑し、直接的な文章で、何よりもすごく汚い内容でありながら、他者へ訴えかける文章には、驚きを隠せません。 つまらないクズみたいな講義中に読んでいたためか、余計に魅入ってしまいました。 「なぜ、同じだと言うのか。優れている、と言えないのか。奴隷根性の復讐。」 この言葉に、すごく魅力を感じます。 僕の生きる世界では、常に人と同じであることを求められ、自分と違う人でも同じ人間というひとくくりで考え、自分より優れている人は認めようとせず、自分より劣っている人にばかり目を向け自己の地位を確かめ、優れているものはいなかったかのように、他者のためという外見とは裏腹の自己中心的なクズのようなやつが溢れています。 僕がここでクズといったところでそれは変わることもなく、一人のクズの人間の一人が言っているだけの戯れ言に過ぎないと、世間は思うことでしょう。 僕に対する評価には、それはそれで受け止めるけれども、自分から他者を評価する場合は、他と同じような存在とは受け止めずに、一人一人の優れているところを素直に認められるような存在になりたいと、改めて思わされました。 ←これも一つの評価なんかな。
by pyababy
| 2007-04-11 00:30
| 日常
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