人間的能力の差

あまり考えたくはないことなんだけど、
個々の人間における能力差の絶対性というものをついつい考えてしまう。

何かを行ってうまくいく人、失敗する人がいる。それにはもちろん理由がある。

その理由の一つとして個人の能力差というものが確実にある。

この能力差っていうのは先天的なものじゃなくて、
今まで生きてきた人生の中で培ってきた能力そのものの差だと思っている。

例えば初めてギターを触ってすぐに弾けた人がいるとする。
人はそれを天才と称するが、果たしてそうだろうか。

僕はそれは天才というわけじゃなくて、ギターを直接弾くという行為は今までしてこなかったとしても、ギターを弾くための間接的なトレーニングが日常生活の中で行われてきたことの結果だと思うのだ。

これを勉強とかに当てはめて考えると、頭がいいやつってあたりまえだけど勉強を今までしっかりしてるんだ。学校の勉強だけじゃなくて、自分で色々調べたり、色々なことを考えたり、本をたくさん読んだりっていう行為を繰り返してきたからこそ頭がいいと思うんだ。

だからなんていうか、最初から頭がいいやつってのもいないと思うし、
先天的な障害は別として、最初からバカなやつってのもいないと思う。

だから、バカなのはバカなりに理由がある。

さすがに20前後になると、この能力の差っていうのはすごく大きくなっているのを最近すごく実感している。僕自身も世間一般でみたらバカとはいわれない地位にはいるけど、僕より上と思える人間もそれなりに存在している。

そして彼らを超えることができないということも、薄々感じている。

彼らは20年かけて僕との差を作ってきた人間だから。
僕が彼らを超えるには、20年分の差をどうにかして埋めないといけない。
それを埋めるのは多分20年くらいかかると思う。

それくらいに彼らと僕との差は大きいと思っている。

僕は確かに色々なことを考えるようになった。
本も読むようになった。勉強もするようになった。
だけどそれを意識してできるようになったのは、ほんとにここ2-3年の話なだけで、
それを20年続けてきた人間とはどうやっても差が生まれる。

そこの部分をまず考えないからこそ僻みというものが僕の中で生まれてしまう。

何故自分にできないことが彼らにできるのか。
彼らがそれを簡単に行ってしまうことが羨ましくて、彼らを僻む。
そして自分の無能力を棚に上げて、彼らを天才と称する。
彼らを天才と称したことで、自分の無能力から逃げることができていた。

でも今まで述べたように、彼らを天才と感じるには理由がある。
僕と比べて、それなりの努力なりを行ってきたからだ。

僕も少なくとも何かしらの努力はしてきた。
同じような歳月を生きていても、彼らとは結果として大きな差ができた。
その理由はもちろん彼らと僕における努力の質の違いがあったから、もしくは僕が遊びというものに時間を費やしすぎたから。

日々の研鑽というものを惜しまなかったからこそ、多分彼らは今その地位にいる。
もしくは努力というものとすら思わずに、僕らが苦と思うことを行ってきた結果かもしれない。

どちらにせよ今まで全ての行動の結果が今現在のその人を形作ってるということだけは変えられない事実だと思う。

だから僕はあえていいたい。
この年齢でバカなやつは、多分一生バカだ。
そしてその逆も然り。

20年かけてバカになったやつが、21年目で賢くなるわけがない。
1年間必死にやれば多少は変わるだろう。だけど、それはたかだか1年の努力であって、それまでの20年を盆暗に生きてきた事実は変えられない。

僕は自分をバカだと称する人間にこれだけはいいたい。
才能のせいにする前に、自分の人生を恥じろと。

----------------キリトリ----------------
書いてる自分に何故だか突き刺さった。
でもどう考えてもこれが現実なんだよな。
どんなことにしろ、やったやつはできる。やらないやつはダメ。
これだけはどこにあっても真実だと思う。
上にも書いたけど、やらなくてもできるヤツは、
直接的な行為以外でそのことができるようになるための訓練を積めていたんだと思う。

頭がいいヤツって常に勉強してるやつもいるけど、
しなくても頭がいいってのも多分いるやん。というかいる。
だけどそいつらって、勉強という枠にとらわれずに考えると、
色々なところで頭使ってるんだよな。

ゲームでも何でも、必死になって考えてる。
頭の中でシミュレーション繰り返して、色々なことを考えてるはず。

多分この考えた量、質ってものが大事なんだと思う。
内容はきっとなんでもいいと思う。
恋愛でも飯でも筋トレでも多分考えるという点では一緒だから。

だけど、それが直接的に実社会で関係するかといわれれば別で、
それゆえに勉強という直接関係する努力を積んだ人間が優位に立つんだと思う。

だから今の世界では勉強したものが所謂勝ち組になれるんだと思う。
まあ勉強って結局一番頭使うような気がするし、その点でも効果が高いんだろうけどね。

まあ生きてる時間は出来る限り頭使っていきたいかな。
下らないことでもいいから何かを考える。理由を考える。
多分これを常にしているだけで、結構違い出てくると思うし。

こうやって考えてると、ガキの頃の教育って大事だなあと。
すげー小さい頃に考える癖ってのを身につけることができれば、
あとは勝手に伸びてくんだもんなあ。
しかもガキの頃なら差が開ききってないからすぐ修正効くし。

20くらいなると、差がでかすぎんだよなー。
気付いたときには遅いみたいな。
まあこれ言い訳なんだけど、そいつらの倍やりゃ10年で取り戻せるって思って、
今を必死にやってくしかないんだよな。

頑張るか。
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by pyababy | 2007-11-05 22:23 | 日常
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