日々垂れ流し。
by pyababy


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ふがいないや

友達のLiveがあったから見にいってたんだけど、
俺から見たら結構ルーキーとしては出来はよかったと思ったんだけど、本人に言わせて見れば、今日演奏した「ふがいないや」みたいな感じだったとかなんとか。
バンドって半分以上自己満足だから、本人が納得してないならそうなのかもしれないけど。

プロとアマの違いってそこだと思う。
正直大学のライブでも、ほとんどが自己満足オナニー。
一定のファンとかは楽しいかもしれないけど、オーディエンスとしてはいまいち。
プロのライブはやっぱり見てて面白い。
演奏の巧い下手じゃなくて、楽しめるか楽しめないか。
結局は歌のよさとかもあるけど、人をひきつけるかひきつけないかなんじゃないかって思う。

一回くらいバンドやってみたいけど、楽器さわんのだるおなのと
練習めんどくせーだから難しい。
一応話は進めてるが、やっぱめんどwwおれぷろでゅーさwwwとかいっておわりそ。


今日は民法総則の基礎部分の続き。
時間配分計算してたんだけど、予定よりしっかりやることにしたら時間たりねーみたいな。
予定だと、3月くらいにはある範囲は終わってるはずだったけど、今組み直してみたら、頑張って5月末、下手したら7月末くらいまでかかりそうな予感。まぁ最悪9月までに終わればいいけど、早いに越したことはない。やっぱ一日の勉強時間増やさないとなー。学校行ってると帰ってくるの7時とか8時とかになるから、一日3-5hが限度なのがだりー。

腕立ては495回やって残り120回。11月中には終われそうだ!
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by pyababy | 2006-11-30 03:38 | 日常

有効な無駄

独学とはいえ法律の勉強を始めてみて思うのは、参考書や予備校の謳い文句って、
効率的、無駄を省いた、短期間合格、これさえやれば、最低限の努力で。。
みたいなものばかりだなと。

正直なところ、そんな短期間でポイントポイント抑えて合格できるのって
ほんと一握りだけじゃないのかなと思うし、むしろ、それだけやって合格とかになること自体は明らかにありえないと思う。具体的な合格率とか出してないことが、それの表れじゃないのかな。

効率よくやることと、それだけしかやらないことって違うと思う。
省けるものを省くことは大事だけど、有効な無駄をすることも大事だって思う。

人間はやっぱり性質上、楽な方へ流れやすい。
でも、楽なことばかりしていて成功したってことはほとんど聞いたことがない。
結局は努力なりなんなりをしてるってことが大半だ。

楽をしたいという心理につけこんだ、そんな参考書たち。
パラパラって立ち読みしてみても、やっぱり内容が薄い。
そのときは楽でも、結果的にどうなるのかっていえばいい方向には考えがたい。

やっぱり何事にも近道ってのはなくて
自分が正しいと思う道をまっすぐ歩むのが、結果的に一番の近道なんじゃないかなーって。
結果的に、そのときは無駄だと思ってたことでも、有効な無駄に変えることが出来たら
最終的にはいいんじゃないかなーって思う。

今日は民法総則の基礎部分。
民法に入るってことで、今まで使ってた基本書じゃ内容薄いって感じてたから、本格的な基本書を改めて購入。それプラス参考書として使う学者本も。たけーけど我慢。
今日買ったのは、有効な無駄も大切って書いてある、僕にとっては好きなタイプの本。内容もかなり濃い。しかもわかりやすくて、パラパラ読んでて感動。
学者本も、世間一般で支持されてるものだけあってかなり理解しやすい。読んでて、学校の教授の教え方の悪さとかと比べちゃって感動。講義で話して説明してるはずなのに、独学の方がわかるってどうなのこれw
ああ俺なんでこんなことで感動してるんだろとか思いつつ、えんじょい。
無限の集中力とお腹の空かないからだと、眠くならなくて疲れないからだがほしい。

ベンチは目標重量での10RM達成できたから来週もう一度MAXはかろう。
腕立ては344回の残り615回。後二日あれば目標クリアできそうな予感。
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by pyababy | 2006-11-28 02:18 | 日常

ググレカス

流行語大賞の候補の中にググるってのが入ってるみたいだ。

僕らNETジャンキーにとっては当たり前の言葉でも、一般人にはなじみの薄い言葉であることには変わりない。大学の普通の友達にしょーもない質問された時、とりあえずググってこいよksとか言ったらポカーンってされた思い出。

2ch用語って相変わらず一般人には実生活じゃ使われてない。2chならこうやってオチつけれるのになーなんて思うことが多々あっても、それを言葉に実際に出してみると、そんなに面白くなかったりするし、何それポカーンってのが多い。

2ch用語の面白さって、何故それが使われるようになったかってことにあることが多いなーと。元ネタ知ってるからこそ笑える、そんなものが多い。

リアルでの笑いって、元ネタを知らなくても笑えるものが多いよね。
ただ見た目が面白かったり、言葉の響きが面白かったり。

ある意味何も考えなくていいリアルの笑いは楽だなーとなんとなく思った。


今日は天皇制と9条関係。
やっと憲法部分は終わり。あとは問題解きつつ基本書通読しなおし。
ってことで明日から民法部分へ。ぱらぱらーっと見てみたけど、やっぱ範囲多いなー。ついでに覚えることが多いのがだりー。でもある意味覚えてしまえばって感はあるしがんばろーっと。

腕立ては818回の残り959回。
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by pyababy | 2006-11-27 00:07 | 日常

速読

なんとなく速読について書いてみる。(僕の知識や経験から感じたことなど)

速読には大幅に分けて2種類ある。
1つめは、文章の要点だけをつかんで読む飛ばし読み、流し読みの延長のもの。
2つめは、文章を画像と同じような認識でみることにより、理解していくもの。

どんなものでも速読ができるわけではなく、詩や小説など言葉のリズムや情況を想像したりするもの、あとは自分がそのことを理解することが必要な文章は速読には向かない。情報を得るためだけに使う文章を読むとき、大体の概要をつかみたい時、理解しているものをもう一度素早く読みたいときなどには効果的だと思う。


一つ目の方法は、短時間で物事を理解したい時などには効果的だが、詳細の理解については欠ける。その本に書いてあることの7割程度(重要部分)を素早く読むことを目的としているからだ。ゆえに、概要把握などに向いている読み方である。

方法としては、普通に読んでいくのではなく、ある程度素早くページをめくり、その中から自分が重要だと思う単語のみを読み取っていく。文章によって違うが、目次となっているもの、目次の次に述べられていることなどは重要なので、それをメインに読み、サブの部分は流していく。あとは重要単語に絞って読み、接続詞などはできる限りとばす。

慣れてくると3秒程度で一ページの大まかな内容は読み取れるようになる。
トレーニングの方法としては、読み取れる読み取れないに関わらず、3秒程度で一ページをめくるということを繰り返していき、重要なものを抜き出す能力を磨く。それの繰り返しにより、慣れるしかない。

でもこの方法には前提がいくつもある。
その中に出てくる言葉の意味を理解していること、日本語の文法をほぼ確実に理解していること、難しい漢字などもわかっていること、著者の文体などを理解していることなどがあげられる。つまり、最低限の部分を読むことで理解していくため、最低限の部分の理解ができていない場合は、そこの理解に時間を取られてしまい、速読が出来なくなるということである。そのため、それらを理解していることが前提となってしまう。同じ本を二回目に読むときは読むペースが早くなっているってことの延長だと考えるといいと思う。理解していることはとばして、重要部分だけを読み取るため結果として速読になるのである。

この一つ目の速読は、正直ただの読書のテクニックだと思う。


これに対して二つ目の速読の方法は、文章を画像と同じ認識で捉えることに重点を置く。
画像はぱっと見ただけで何があるか理解できるのに、文書はぱっとみじゃ理解できない。そこを画像と文章を同じ風に考えて理解していこうという速読のやり方になる。

読む方法は人それぞれになるが、僕がやってるのはページを4つほどのブロックに分けて、それぞれ順番に見ることで文章としてではなく、画像として理解していき、脳内でそれを繋げることで文章として理解していく。理解しにくいと思うが、文章をそのまま読むんじゃなくて、文章を見ることで理解するような感じ。

普通は文章を読むときって、声に出さないけど心の中で読むと思う。
だけどこの読み方をするときはそれをしないことを心がける。要するに文章を心の中でも読まずに、直接理解する。僕らはことばを聞いたときって、わざわざそれを考えなくても理解していけるよね。それの延長で、文章自体をそのまま理解する。

トレーニング方法としては、文章を区切って読むことを繰り返すのが効果的らしい。
普通に文章をそのまま読んでいくんじゃなくて、10文字なら10文字で文章を区切って読み、それをそのまま理解することを心がけるようにする。
例えば、
「それに付随してなんだけど、」 「某知識人は、討論において相手」 「が知らないことを馬鹿に」 「する癖がある。僕はそれがとても」 「気に食わない。知らないことは」 「確かに議論においては問題」 「があるが、専門家でもない人が」 「全てを知っているわけがない。」
文章をこのように頭の中で勝手に分けて、この分けられた文章は普通に読んでいくのではなく、意味のまとまりとしてそのまま理解するように心がける。

これをしようと思うと、心の中で読んでいてはまにあわないから、自然と黙読しないで読めるようになってくる。これをひたすら繰り返し、徐々に一回で読む分量を上げていき、最終的には一ページなり1/4なりを一目で読めるようにしていく。ある程度慣れれば、20-30文字程度ならひとまとまりとしてはすぐに見れるようにはなる。多分鍛えていけば、読むだけなら一瞬で一ページとかも可能だと思う。


だけど正直なところ、文章を読むのと理解するのは別。
速読は文章を読むペースを上げるだけで、理解できるかは別問題。
普通に理解するのに一ページ1時間かかる内容を、
一ページ3秒で読めたからって理解できるわけないよね、ってことだ。
一回その文章を見るだけで何も考えずに理解できるような頭の持ち主なら別として
色々考えを巡らせていかないと理解できない一般人には
結局速読したところで理解するペースは大して変わらない。
文章を沢山読める分の同じ時間に理解する範囲はあがるけどね。

だから結局は最初にも言ったように、速読に向いてる本しか速読できない。
だけど、これの練習をしていれば普通に本を読むペースも上がるから結果的にそれなりに早くはなると思う。

こんなところが僕の速読に対する感想とか色々。
情報の概略把握したり、新聞とか新書とか読んだりするのと立ち読みには使える程度。
だけど、量を読まないといけない場合は重宝はするってくらい。

だって普通に考えて、一回ぱっとみただけで理解できるわけないやん。
そんなことできるなら、ノーベル賞でもガチですぐとれるってw



今日は地方自治と憲法改正部分。
いまいちやる気が出なくてすすまなかった。ふぁっく。
スイッチはいれば結構できんだけど、入るまでが相変わらずなげー。

腕立ては227回の残り1777回。あと5日だから一日350回くらいか。
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by pyababy | 2006-11-26 03:15 | 日常

物欲

寒くなってきたせいもあって服がほしい。
アウターもう一枚(あったかめの)と、インナーが足りてないからインナーがほしい。

でもお金使い出したらマジとまらないから悩み中。
稼げばいいんだけど、相変わらずめんどくさいし。
バイトとかいれると、だらだらできなくなるのと、勉強時間削られるのがだるい。

まぁ週1-2で拘束時間の短いかてきょあたり探してはいるがみつからんな。
年末年始と、春休みとかは他に短期バイトも適当にやって財布を潤しておきたいところ。

貯金下ろせばあるっちゃあるけど、この歳でそんな生活ってのも許しがたい現実。
ほんと矛盾しまくり。

稼ぎたいといえば稼ぎたいんだけど、大抵のバイトって特に身にならないんだよな。
バイトに任される仕事の範囲が少ないってこともあるけど、ほとんど作業だし。

そんなことを思ってたときにみたのが、
ttp://cyblog.jp/modules/weblog/details.php?blog_id=373
雇われない生き方を選ぶべき10の理由ってタイトルの話。

その中の、2.Limited experience
(得られるのは特定の目的にしか役に立たない経験)
というもの。

雇われて得る経験は限られるから、その場以外では役に立たないということ。
この話を書いた人が言うには、これだから雇われない方がいいってことらしい。

しかしこれを逆に取ったことを書いているのが
ttp://d.hatena.ne.jp/kusigahama/20061122#1164173707
定職に就くべき10の理由といったこれ。

ここでは2. Limited experience.
(多くの不幸を経験せずに済む。)
となっている。

特定の経験しかつめなくても、それ以上の不幸な経験は積まなくてよくなるということ。


これを僕に当てはめて考えると、働いていれば
こんなしょうもないことをわざわざ考えなくていいのに
働いていないから働いて得られる経験が限られるといった文句をいうことになる。

正直何をしてても得られる経験って同じなのにね。

まぁ後者にあげたほうは前者を皮肉ってるわけだけど
どちらをとるにしても結局は働け糞ってことだよね。

その中で、世間の犬になっているということを悩むだけでいいか
それ以外の社会で働いていくために必要なことを悩み続けることになるほうがいいか
ってことの疑問に対する答えはどちらかって話。
どっちが楽かなんて人によって違うし、どちらを目指すかなんてそれこそ自由。

結局人は悩み続けるし、生きるために働かざるを得ないという、
人生の矛盾と人生に対する皮肉を明確に示してるなーと読んでて思った。


今日は条例制定権について。
判例理解にやはり時間がかかる。もう少し慣れてきたら早くなるのかしら。
昨日速読の本を立ち読みしたので、学校でちょっと速読練習がてらに法律関係の本を読んでみる。思ったのは、初めて読む範囲のものは速読に向かないなってこと。普通に読んでても理解するのに苦しむものを、速読で読めるわけないってのを当たり前だけど理解。速読はやっぱり、そんな思考しなくていい文章や、要点だけをつかめばいい文章にしかつかえないなと。でも復習として読む分には使えるかもと。でもあれ目が疲れるってか集中力が必要以上にいるのがだるお。速読の本とか何冊か読んでるけど、どれも書いてること違うのはどうなのかな。まぁ結局はトレーニングのところが大きいし、勉強しつつ練習していくか。今NETでチェックできるところで試したら大体一分5000字くらいらしい。早いのか遅いのかわからん。

腕立ては272回の残り2004回。
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by pyababy | 2006-11-25 03:05 | 日常

マジ冬だめぜったい。

寒いと疲れやすいのか知らないけど、昨日は帰って飯食って、
ちょっと寝るつもりが起きたら翌日のいいともの時間とかね。
もうまじふぁっくですよ自分。
一日4h睡眠とかで耐えられる子がうらやましい。


お昼ごろに某人達と話してた時に話題に出てたんだけど、
人のことを批判しかできない連中と、
人のいいところは認めてあとは切り捨てていく連中との差はでかいよなって話。

僕はどちらかというと批判が多いため、結構思い当たる節とかもある。
だけど、自分なりに考えたりした上での批判だし、認めてるところは認めてる。
認めたうえで、自分の意見を通すための批判をしている。
大学のゼミの中で教授が、「意見を言うのはいいんだけど、他人の意見を認めれたうえで自分の意見を通して議論ができたらモアベターだな。」なんて言ってたのを思い出した。
そのときのゼミのやり取りを思い返すと、意見を認めようとしない人が持論を展開するからなかなかまとまらなかったんだよなーとか。認める部分と譲れない部分の掛け合いが難しい。

批判ばかりじゃ何も始まらないけど、認めてるだけだとさらにダメだと思う。
認めるなら認めるなりに、何故認めるのかってのが大事じゃないかなと、周りの友達とか見てて思う。良い意見とかに対し、「同じ意見です」なんて子が多い。確かにある程度は被る意見になるのは多いとは思うけど、考えた上での同意なのか、表層を見ただけでの同意なのかってのでは大きな差がある。大概は後者の同意ってのが言動から読み取れる。

このことは政策に関する街頭調査のインタビューとかでもよく出てると思う。
~がやってるからいいと思うとか、そんな感じの意見。
正直僕からしたら、よくわからないので答えられないっていうほうがマシだと思う。
考えたけど、結論が出ないから答えない。
これも立派な答えだとは思う。(考えなくて答えないとかは論外ねw)
でも現状の日本だと、これはどちらかというとNoの立場なんだろう。
どちらか一方の立場に立たせようとするのが今の教育の問題点だと僕は思う。

ディベートとかはゲームとしてはそれでいいと思うけど
YesでもNoでもない意見の立場って、当たり前だけどあるよね。
そんな立場から出されることって、自分の見えて無かったりしたことで大事だったりする。

僕が立ちたい思考ってのは、どちらにも縛られない立場の思考。
最終的にはどちらかになるかもしれないけど、二元論で話を進めるのだけは厭だ。
ベースは二元論だったとしても、例外を常に認めていきたい。
矛盾してるけどそんな感じ。


あと教育関係でひとつなんだけど
初等教育の役割は、思考の基礎を身につけることよりも
生活の基礎を身につけることにあると思う。

社会で生きていく上で恥ずかしくない言動を身につけさせる。
そのためには多少の縛りってのも有りじゃないかなって思う。
勉強面では厳しくなくても、生活態度などは厳しくあるべきじゃないかな。

僕の中の理想としては、小中学校はある程度自由を縛っておいて
高校大学はその反面規則などはほぼなくして、その代わり学習を充実。

今問題になってることって、本来高等教育で求められる自由さとかを
初等教育に求めてるからおきてるんじゃないのと。

ガキの頃なんて何教えても大して覚えてないけど
その代わりに何があったかってのは結構覚えてると思う。
些細なことでも叱られた記憶ってのは残るし、善悪の区別とかはやっぱ初等教育じゃないとつけさせられないよ。ある程度自分の思考が出来てからだと、悪いものは悪いっていう単純な事実を素直に受け入れられなくなる。一部の例外はいるかもしれないけど、人間性だけは小学生の時から大して変わってない気がする。

今学級崩壊が起きてる小学生の子がさ、小学校より色々と緩い高校や大学いったらどうなるかとか目に浮かばないのかな。言い方悪いけど、最初甘やかしたら付け上がるのとか目に見えてるだろって感じだ。僕の経験もそうだし、教師やってる知り合いの話とか聞いても、最初にちゃんと叱ればその後はダメなことはダメって理解するからそれ以降はしなくなるみたい。でも、最初を見過ごしてしまうと、あのときはよかったのに、なんて思考が生まれるからそれ以降の叱る行為自体もほぼ無意味になる。小学生でできなかったことが、高校に上がったからってできるようになるわけないよ(勉強とかじゃなくて社会生活的なことね)。

データとかしらないからほんと思考の範囲の話になるのがryなんだけど
データとかとりようないしなぁw
まぁ僕の理想の教育とかしようと思っても、教育を受けさせる側の保護者がDQNなんだから
もうしょうがないよな。としかいいようがない。
教師を縛るだけ縛って教育ちゃんとしろとか
頭沸いてるにもほどがあると思うが。

今の世代はあきらめて、この世代を反省した俺らの世代に生かすしかないよなと
思ってしまうくらい末期じゃないの今の教育、ってところで終了。


今日は財政のところ。
本屋でちょっと勉強法みたいな立ち読みしてたんだけど、今のやり方で特に問題はないっぽいなー。ちょっと気持ちが楽になった。まぁ結局は予備校行かないとだめみたいなこと書いてたのがいらいらしたから意地でも独学やってやるが。でもそれに書いてること読む限り、結局予備校ってインプットの補助とアウトプットくらいだなーと。あるに越したことはないけど、ある程度の範囲終わってからの復習には使えるなーなんて思った。テープだけでも安く手に入ったらいいなー。その本に書いてたことで思ったんだけど、独学なら3年かかっても理解できないところを予備校なら30秒で理解できることもあるとかryってところなんだけど、理解できた気にするのがうまいのが予備校なんじゃないのって思ってしまう。結局自分が必死こいて考えたことって残るけど、そのときだけ理解したことってのこらなくね?なんておもってしまった。まぁつかえるっぽい教材だけ今度立ち読みしとこっと。あと速読もうちょい極めて、200ページ5分ちょっと目指したいなー。文字追うだけなら200ページ10分はいけんだけど、まだもうちょっと早さがほしい。でも速読で読むと、理解力は落ちるから、重要な考えて読むものには向かないのが難点。しょーもない内容把握だけでいいものには使えるからまだいいか。

腕立ては513回の残り2517回。
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by pyababy | 2006-11-23 04:07 | 日常

never

某人のBlog内でのコメントのやり取りを見て思ったこと。

やり取りの概要は、ある人が、ある話題についての批判意見を言っている人に対し、その人はその話題のことを経験してないのに批判するのはおかしいといったことを言っているというもの。

自分が経験してないことを批判するのはおかしいってのは確かにわかるんだけど、それをしたらいけないという理由がわからない。無責任な批判はいいとは思わないけど、ある程度自分の頭で考えたり、客観的情況からの判断による批判は、問題ないと思う。自分の経験したこと以外批判したらいけないとかいうことだったら、議論なんてまったくなりたたない。このやり取りにおいては、僕が見る限りは、推測の範囲だとしても自分の知りえる情報から判断していることだし、それを批判する必要はないんじゃないかと思う。多少発言的によろしくないものは含まれてるから、そこに対する指摘はありだとは思ったけど。

確かに経験してないことに対する自分の持てる意見っていうのは限られてくるし、議論においては根拠となんるものが弱いとは思う。経験したからこそわかるものってのはあると思うし、経験と未経験の差ってのは埋められないものがあるとは思う。だけど、それだからといっても経験してなくてもわかる一般論や、そのことに対する自分の意見が、結果的に批判的なものであったとしても、それが問題になりえるかといえば、僕はNoだと思う。

例えば核議論。
実際のところ経験したのは、核を落としたアメリカと、落とされた日本のみ。
だけどどこの国でも批判なりなんなりがある。極論になるけど、経験者以外論議できないなら、その2国のみになるし、ついでに今現在被爆した人や核開発に関わった人で生き残っている人じゃないと議論できないってことにもなりえる。

だけど実際は、核兵器の現状などを客観的事由から判断し、批判したりしているのが大半だ。しかもそれが悪いなんて風潮はまったくない。

だからといって何でもかんでも勝手に批判していいとは思ってない。
最初に言ったように、無責任な批判や意見の押し付けっていうのはよくないと思う。相手を批判するならそれ相応の知識や経験がないと、ただの感情論でのやりとりになるし、相応の責任ってのは負うべきだと思う。

経験がなくて今はわからなくても、今後経験することによってわかることもあるとは思う。昔に考えていたことが間違っていたなら、わかったときにそれを正せばいいんじゃないかと。

それに付随してなんだけど、某知識人は、討論において相手が知らないことを馬鹿にする癖がある。僕はそれがとても気に食わない。知らないことは確かに議論においては問題があるが、専門家でもない人が全てを知っているわけがない。一般人においては知らないことは恥ずべきことではあっても、非難されるべきことではないと思う。ただ、知らないことに対して、無責任に発言をすることは非難されるべきことであるとは思う。

いまいちまとまらないけど、僕が言いたいのは人の意見ってのはある程度は尊重すべきで、否定する権利は誰にもないってこと。社会一般からみておかしい意見でも、その人にとっては正義であるんだから。だけど、批判するなといっているわけではなく、批判するときはそれ相応の責任を持ってやれってこと。無責任な批判ほど、惨めなものはないんだから。

まぁこんなこといってる僕も、これはただの僕の意見であって、他人にとっては否定すべき意見になりえるんだろうけど。僕はそこに、思想の自由って部分の面白さを感じる。


今日は違憲審査の続き。
判例理解に時間がかかってしまう。基本書に書いてあるものだけだと、やはり概要理解ができないからってNETで調べだすととまらない。でも、ちゃんと調べてる分きちんと理解できているのはいいか。

腕立てはベンチ90回+211回の残り3030回。
ベンチはようやくMAX更新。ながかった。
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by pyababy | 2006-11-21 02:27 | 日常

金の切れ目

金の切れ目が縁の切れ目という言葉。
一般的には「金銭面での利益がもう見込めなくなった時が人間としての付き合いも終わる時だということ。金銭で成り立っている関係は、金銭がなくなれば終わるということ。」とされている。

英語では「The end of money is the end of love. 」というらしい。
付き合うのにはある程度お金がいる、愛情があっても生活苦になるとこれがきっかけで別れることになる、といったことから来ているみたいだ。

つまり、人間と人間のつながりは金銭上の利害損得によって成り立っているものだということ。そしてそのような関係は長続きしないため、本当の人間関係は金銭によるものでなく、お互いの信頼などによって得るべきである、といったことを示している。

でもこの言葉にはもう一つの解釈がある。

金の切れ目で縁が切れる。
すなわち、「他人との縁を切りたいなら、まずは金のけじめを先につけろ」ということ。
金銭関係の問題は長引くことが多いため、その問題を放ったままにしておくと、縁を切るに切れなくなるということからきているそうだ。

前者の説だと、どちらかというと他人と縁を切ることに対して消極的なことば。
後者の説だと、他人と縁を切るための積極的なことばとなっている。

どちらも結果としては同じなんだけど、「金を切る」ことの解釈は違ってくる。
前者は自分や他人の金銭がなくなること、そのことによって縁を切ったり切られたりする。後者は自分と他者とにおける金銭関係がなくなること、そのことによって縁を切ることが可能になる。結果として、縁を切るといった行為は同じになるんだけど、前者の場合は自己利益が得られなくなったために縁を切るということになるが、後者は縁を切るために金銭関係を切るといった風に、過程はまったく別になってくる。

しかし本質的な部分はどちらも同じである。
前者だと、自己の利益のために、利益にならない関係は切り捨てるといったところに本来の目的があるし、後者の場合は自己利益の確保をするために現状の自己の利益にならない関係は早く切り捨てたいといったところに本質がある。つまり両者とも最終的には自己の利益を目的としているということになる。

言葉の解釈、過程は別でも、結果と本質は同じといった風になっている。
結局のところ人間関係というものは、金銭関係抜きには語れないといったことを、この言葉は表しているんじゃないかってことを思ってしまう。やはりそれだけ、金の魅力というものは強く、人間の欲は深いといったことなんだろう。

できることなら、金の関係を抜きにした人間関係を作っていければ幸いだ。


今日は違憲審査論のところ。
風邪っぽくて薬とか飲んでたらぼーっとしてて頭はたらかん。まじふぁっく。
概要把握とか関連項目とか調べてたら時間かなり食ったというか、この問題とか真面目にやったら一生かかるよなーとか思った。学者になりたいわけじゃないから、そこの線引きってのもちゃんとやらんと、それこそ時間無限にあってもたりなくなるから、知識欲を重視するのもいいが、ある程度の線引きはしておこうと思った。

腕立てはしんどくて227回のみ。残り3331回。
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by pyababy | 2006-11-20 01:05 | 日常

similar to

なんとなく最近自分のBlogが某人とそっくりになってるような気が自分でもする。
同じような生活して、同じような目的もって、同じような基本的思想してるから似てくるのはしょうがないんだけど。今後さらに似てくる予感がひしひしとするんだけど、どうしようかこれ。僕ならではのBlogという形式を作っていけたらいいが、なかなかそう上手いこといかないな。

今日は結局目標としてたところまで進めず。
最初にさらーっと範囲を見て今日の目標を決めてはいても、実際やってみるとページ数の割りにおくが深かったり、考えるべきことが多かったりして、結果としては目標までは進めず。ここが独学の難点だなと改めて思う。学習計画がしっかりしてる予備校通いは、その点優れているなと。不安要素が多いのがあれだけど、俺一応あれだし天才だしってことでこの前と同じFAを出す。


話は変わってエンタ。
始まった当初はそれなりに面白いものも多かったけど、今はほんと終わってるな。
次課長、アンジャッシュくらいしか面白いのない。笑いの取り方もワンパターン化してて、ほんとつまらん。とりあえず大声出したり、キモイ顔してみたり、同じ内容の繰り返しによる笑いを誘うといった、ある意味条件反射による笑いをとることを目的としているコンビなりが増えてるように感じる。多分あれは、TV局側にやらされてるんだろうけど、TVに出てるってだけで面白いなんて感じて、正確な評価をしない視聴者側にもだいぶ問題あるんじゃないかと思う。エンタに出てるから面白くて自分は笑うっていう定義をしてから、芸人なりを見てることが多いんじゃないかと。まぁ僕の感覚がおかしくて、面白いと感じてないだけかもしれないけど。でもなんやかんやで日本のお笑いのレベルは高いと思う。というかこんな笑い取るだけで生きれるような国ってマジ平和だなと思う。笑いを受け入れる国民としての余裕があるからこそ、芸人の需要があって、その需要の多さから競争が生まれ、笑いの技術が磨かれてる。そのかわり、笑わせる技術の向上の反面、日常社会におけるささいな笑いってのは失われつつある気がするが。ちょっとのことじゃ笑えなくなってるんじゃないかなって。外国の写真や映像などと比べて、日本人が笑ってない情況が多いのは、そこも関係してるのかなと思った。今度軽く調べてみるかw


今日は裁判所のところ。
地味な判例理解が多いけど、まだまだやりやすい範囲。
そろそろアウトプットもしないとなーとか思って、とりあえず受ける予定の試験の過去問軽くしてみたけど、8-9割は解けるっぽい。この試験については最低9割とりたいから、もう少し理解上げとこうと思うが、そこはアウトプットの繰り返しによって上がるところだと思うから、問題に取り組むってことも徐々にやっていこう。まぁ問題集とかは19年度版でてからじゃないと買えないから、しばらくはNET上ので我慢だけど。。まぁ過去問はあるからいいか。

腕立ては661回やって、残り3558回。残り一日300回平均で目標クリア。

なんか文体が箇条書きちっくになって纏まってないなw
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by pyababy | 2006-11-19 03:07 | 日常

寒風

もう夜とか完全に冬だなーと。
学校の帰り道が寒すぎて、もうなにこれ冬じゃんばかとか思ってしまう。なんか今年は、秋って感じの時期がなかったから、せっかく買った秋物がほとんど使われないまま冬に移行しちゃったじゃないか!半袖→ジャケット10日くらい→冬モード、になった予感。マジもうちょっと秋っぽい気温続けたらいいのに。

寒いからか、無性に眠い。
学校から帰って、眠いからってとりあえず寝てみたら、起きたら2時前の、頭いまいち冴えないから勉強せずに下調べのみ。予定外ふぁっく。まぁ明日は寒いから家に引きこもる予定だから、今日予定してた分くらいは余分にやろう。頭回らないから、今後の予定とか考えてたけど、基本書どれにするのかって段階と、どの程度やるのかってのが決まらない。一応学校である程度有名どころめくってみたけど、どれも大差ないというか無理なく読めるし、結局一番需要が多いのでいっとくべきかなとかで自己解決はしそうだが。

独学でやってみるに当たって、色々他人の体験談とか読んでみたけど、色んな意味で2chの意見はいいなーと。
何がいいかって、本に載ってるのって成功談ばっかりなのに対して、2chは失敗談の方が明らかに多いところ。だからある意味自分の取っちゃいけない行動を過去の人からパターン化することができる。成功談って人それぞれだし、この人がこれで成功しても、俺がこれで成功するってことはありえないわけで、その人の性格、能力、その他環境とかによって様々だから、成功談に載ってることは成功した本人にとってのみ真実の道であって、他人の僕らには少し語弊があるが、何の意味もないんじゃないかと。あとは成功の要因ってのは把握しにくいけど、失敗の原因は特定できるから、失敗談の方が役に立つなと。そんな意味では、成功失敗それぞれを見ることができる2chの文化っていいなーと。その代わり真実以外のことも多いから、客観的情報を比較してどれが正しいのかってことを自分なりに見極めないといけないのが多少めんどくさいが。


そんなこんなで今日は学校でやった授業の復習くらいしかしてないEND。
授業のレベルが中途半端すぎて、その範囲もやり直さないといけなくなるのが時間のロスっぽいが、根本的なことは理解してるから、その点だけは救いか。概要理解と復習程度にしか使えない大学の講義って何なのかと。もう少し専門分野になればかわるのかしらね。

腕立ては256回の残り4219回。
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by pyababy | 2006-11-18 03:01 | 日常