日々垂れ流し。
by pyababy


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一期一会に

今までいろいろな人と出会ってきた。
これからも、もっとたくさんの人と出会っていくだろう。

だけれども、全ての人が僕の人生に大きな影響を与えたとはいえなかった。
しかも、一緒にいる時間が長かった人の影響が強かったかといえば決してそんなこともなく、たった一度、たった一つの会話を交わした相手の影響が大きかったりもした。

そのたった一度という非日常から受けた影響はほんとに大きかった。
何故だかわからないが、彼らの放つ言葉は僕にとっては魔法のように全てが大切なことに感じられ、それらを素直に受け入れようとする自分がいた。

彼らとの出会いは、ほんとに偶然であっても、僕を変えた出会いであったことは間違いない。

そんな彼らが、知り合って間もない、そして今後も知り合うことはないだろう僕に対して、何故いろいろな言葉をかけてくれて、あたかも古くからの知人のように振る舞ってくれたのかはホントに不思議で、未だに理解できなかったりする。

彼らは僕に対して、何かを言う義務もなければ、何かをする義理もない。
だけれども、何かを伝えたかったのかもしれない。

それは相手にとっても非日常であった僕という存在だからこそ伝えられた言葉なのかもしれないし、普段から友人知人に対して伝えている言葉なのかもしれない。

それ以前に僕が何かを伝えてもらった気になっているだけで、彼らは特に何も考えず、当たり前の会話をしていただけなのかもしれない。

でもそんなIfは考える必要もなく、そうやって与えられた現実によってそこからの僕の新しい現実が作られ、今という結果があるという事実だけが、彼らと出会ったということを証明する真実なんだと思う。
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by pyababy | 2007-02-28 00:25 | 日常

安値日本一への挑戦

安い物が欲しいというのが、消費者の心理ではあると思う。

僕は経済に関しては詳しくはないので難しいことはわからないが、必要以上に安い物は、必要以上に誰かの生活を圧迫していると言うことは少し考えたらわかる。

物の売値を下げるには、大幅に分けると三つの方法がある。

一つめは原材料費を安くする。
二つめは人件費を削る。
三つめは儲けを減らす。

すごく単純化したことになるけど、このどれかを行うことになる。

でもそれのどれもが、誰かの生活を厳しくしていることだけは間違いない。

消費者である僕らが得をする代わりに、材料を作っている人の儲けは減り、働いている人の給料は少なくなり、会社自体の儲けも少なくなる。

この結果が、廻り廻って自分たちのところにやってくる。
結局、物を安く買おうとする行為が自分たちの収入も下げていくのである。
(他にも原因とか色々あるけど、ここはスルーで)

しかしながら、僕らが消費者という立場である限り、この結局自分たちの損に繋がる行為も肯定したくなる。

僕らが見ているのは常に今、この場所であって、未来や違う立場から見たこの場所なんかには興味がないからだ。

今後の幸せのために、目先の幸せを捨てられるか。
これの見極めが僕は大事だと思ってるんだけど、僕らの過去の人はいつになってもこの見極めだけはできなかったみたいです。


わかっていてもやめられない。
口ではきれい事を並べても、結局自分だけが大事。

そんな人間の腐った心理も、電気店の広告から読み取れたりします。
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by pyababy | 2007-02-27 02:54 | 日常

やりたくないという心

やりたいことがない、という感覚は理解できる。

僕らが何かに打ち込むとき、それら全てが自分のやりたいことではない。
昨日のまおちのコメントでもあったけど、自分の気持ちを隠すためにやりたくないことでも自ら行ったりもする。

そしてこの世界の仕組みは、やりたいことだけをできるような仕組みではなかった。

そんなことからか、やりたくもないことは、何も気にせずできるようになった。


自ら何かをしたいと思う気持ち。
これはさすがに僕にも存在している。

ただそこで、何種類かのふるいを自分でかける。
それが客観的に見て実現可能なのか、どの程度の努力でそれを実現できるのか、自分にその行動が向いているのか、今がそれをやるべき時期なのか、リスクとリターンの割合はどうか、といったことである。

この段階で、僕が何かをしようと思ったときに、ほとんどのものがふるい落とされる。
ただやみくもに何かをするのではなく、勝算の高い勝負を僕はしたいからだ。

故に、何かをしたいと思っても、実行に移すものはまれである。

やりたいことをふるいにかけていく結果、やりたいことがないという状況が生まれる。

だから、正しく言えば、言葉通りやりたいことがないというのではなくて、やりたいことはあっても、自分で実現可能であり、そして自分からやっていこうと思えることがない、という意味でのやりたいことがないのである。

まあこんなのは、力のない者がいう言い訳ってのは百も承知。


すごく関係ないんだけど、亀田の試合を見てて、笑いが止まらなかった。
相手のタフミルだっけ?
あいつ自体は強いのか弱いのかもわからないけど、ちょっと調べた感じではきちんと試合はした上で無敗の模様。多少弱い相手が多かったように見えたけど。。

でもね、本人が後のインタビューで語ってたように、あんなのボクシングじゃないよw
殴るより押したり投げたりして倒してるし、パンチがあたってダウンというよりは、ジャッジに不服があったからの抗議の意味のダウンでもあったように思える。そして最後のダウン後の笑いとか、勝負が成り立ってないことへの諦めとしかいいようがない。ホントふざけてる試合だしあんなのw

ボディーが効いたとかテレビじゃいってたけど、多分あれもガセだろうなあ。
タフミル本人も、やらせってわかってて戦ってたようにしか見えない。
金ないし、金のために負けるか、といった風にしか見えない。
でも、ただで負けるのはあれだし、ふざけた勝負にしたんだろうなあ。

ある種のショーとしてのボクシングなら納得できるんだけど、真面目に戦っている人がいる中でのあの戦い方は、正直どうかと思う。

まあそのうち干されるだろ。
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by pyababy | 2007-02-26 02:36 | 日常

「忙しい」の定義

僕は日々を「忙しく」過ごしている彼らから見ると、相当な暇人らしい。

かという僕は別に日々を暇とも思っていないし、毎日やることはちゃんとある。
多少時間に余裕はあるけど、それは僕が必要な時間を節約し、不要な時間をできる限り排除したからこそ得られている時間的余裕であって、暇と言われる筋合いはない。

彼らの言う「忙しい」とは何なのかを考えてみた。

社会人一般が言う忙しいは、ほとんどが仕事関係だろう。
学生の彼らが言う忙しいは、ほんとに何なんだろう。

バイトが忙しい、遊ぶ予定を詰めすぎた、そんな感じなのかな。
僕に言わせれば、忙しいのが厭ならバイトを辞めて、遊びも断ればいい。

社会人の人にしても、仕事が忙しくて耐えられないなら、他にもっと楽な仕事はあるはず。
贅沢な暮らしを望まなければ、毎日毎日死ぬほど働く必要なんて、今の日本じゃない。

じゃあここで、彼らが忙しいという「仕事」「バイト」なんかを取り除いたらどうなんだろう。

それを取り除いた彼らは、ほとんどの人が「暇」と答える。

言うなれば彼らが忙しいのはあくまで仕事であって
それ以外のものは忙しいわけもなく、ただの暇人である。
(多少一方的な見方ではあるけど)

多分彼らは、忙しいことが嬉しいんだと思う。
そして、忙しく見えない僕を暇人と言うことで、優越感を感じたいんだと思う。

彼らに言わせれば、僕が本を読んでいたり、Webを巡っていたり、勉強していたり、町の風景を見ていたり、運動していたりする時間は、忙しい時間ではなくて暇人が行う暇つぶしの時間らしい。

僕からすれば、それらの全てが僕の感性を磨くものであったり、新しい視点を見つけるための行動であったり、何らかの意味を持っている行動ではある。

これが所謂、価値観の違いというやつだろう。

今の世の中は、どちらかというと働くこと、何か人から評価される行動を取ることが大事みたいだ。僕みたいに自分の好きな行動を選ぶ人は、あまり受け入れられないみたいだ。

仕事をすること、忙しく生きることは素晴らしいことだと思う。
ただ、それに対しての愚痴を吐くことは、何かしらずれていると僕は思う。

忙しく生きることを、誰に強制されたの?

僕は彼らの言う「忙しい」に魅力は感じない。
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by pyababy | 2007-02-25 03:17 | 日常

好きな音

UVERworldの新しいアルバムを聴いていました。

前のアルバムに比べ、演奏力やその他のものが大幅に良くなっているような印象を僕は受けました。全体としてのまとまりも良く、捨て曲もほぼなかったように思えました。

音楽としてのジャンルがいまいち纏まっていないのが残念なんですが、どんなジャンルにもチャレンジしていくという彼らの姿勢からすると、それでいいのかもしれません。


僕も気がつけば、こんな風に客観的に音楽を評価できるようになっていました。
もちろんプロでもなんでもないので、その評価が絶対的に正しいとは言えません。

昔は、音楽を聴いても好きか嫌いか、その辺しか興味がわきませんでした。
今は、音がすき、演奏が巧い、歌詞がいい、メロディーセンスがいい、ボーカルの声が好き、曲全体としての纏まりがある、なんて細かい部分まで気にするようになりました。

なにも気にせず聴いていた頃の方が良かったのかもしれませんが、今みたいな音楽の聴き方も悪くないと自分では思っています。

そんな聴き方をしているせいか、多少なりとも売れているアーティストって、なんらかの良さがあることに気付かされます。たとえば、声が嫌いでも演奏は巧かったり、歌詞がすごく良かったりなどといった感じです。

好きか嫌いか、それだけでは見えなかったところがこの部分でした。

売れるにはそれなりの理由がある、そしてそのためには何かしらの頑張りがあった。
そんなことも最近はようやく考えられるようになりました。

彼らの音楽を批判することはすごく簡単なんですが、彼らも彼らなりに僕からは想像できないような努力をして、今の位置を手に入れてるんだと思います。

そんなことを考えると、僕なんかがアルバムの評価をしたりするのは彼らにとってすごく失礼なことのように感じたりするんですが、実際はべつにそんなことはなんでもなく、評価されてナンボなのがプロなので問題なかったりします。

ただそんな厳しい世界でも、目指す人が後を絶たずに、そして毎日のように新しい音楽が生まれているのは、それだけ音楽というものが身近なもので、僕らにとって何かしらの影響を与える欠かせないものだという、好き嫌い関係ない音楽の真実があるからじゃないかなと思います。
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by pyababy | 2007-02-24 03:00 | 日常

話のテク

年上の人の方がトークのテクニックが優れている場合が多いように感じます。

多く生きているだけあってか、話の引き出しも多く、所持している切り返し方や、相手との間の取り方もうまいなって思う人が多いです。


僕がトークというものを意識し始めたのは、中学生くらいになってからです。
それまでは目に見えたものやその日あったことなんかと、何のとりとめもなく思ったまま話していたように思います。

それだけでも会話は成り立つんですが、お笑いなんかに興味が出てくると、それ以外の相手を笑わせたりするトークのテクニックが欲しくなったりしてきました。

いうなれば、トークの目的が自己満足から、他者を楽しませることも含ませた自己満足にランクが上がった感じです。

しかしながら、いくらトークのテクニックを磨いたとしても、経験には勝てないと思うときが多々あったりします。

僕自身はそこまでトークテクがあるわけでもないのでなんともいえないんですが、多くのことを経験したからこそ言える言葉があったり、長く生きているだけあっての話の引き出しの多さなんかはまともに勝負して勝てると思えません。

あとは、年下に遠慮することなく話すことのできる年上の人に対し、ある程度の節度を持った話しかできない年下は、なかなかに不利だと思ったりもします。


僕は正直言うと、一対一で話さざるを得ない状況を除いて、自分より面白い人がいる場合はその人の話を聞くことの方が楽だから好きです。逆に言えば、僕が自分から話している状況の時は、客観的に見て周りがクソつまらない人ばかりの時です。

あまりこんな考え方は理解してもらえないんですが、自分が面白いと思う話をするより、面白い話をしてくれる人を引き立てる方が、結局その場の雰囲気自体は面白くなると僕は思っています。自分のおもしろさより、場全体のおもしろさを求めたいわけです。

だからか、他者にもこれをあてはめてしまって、つまらない話を永遠と語る人を見ているとすごくイライラしてしまいます。そこはお前が引いてあいつが話した方がおもろいやんけ、と思ってしまうわけです。

ほとんどの人はそんな空気を読んでくれて、話すのをやめたりするんですが、たまに空気を読めない人がいると、その場の雰囲気自体も悪くなっちゃうので、そんな人とはあまり関わり合いたくないと思う今日この頃です。
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by pyababy | 2007-02-22 02:28 | 日常

東京

おでんオフとやらにいってました。
ついでに東京観光もしてました。

秋葉の女の子は微妙でした。
でも渋谷の女の子は乳がでかくてよかったです。

色々会いたかった人とかに会えて良かったんですが
一気に会いすぎたせいで一人一人とはそんなに絡めなかったのが
多少残念です。

東京で特にお世話になった
宿提供してくれた桃
秋葉デーとしてくれたka2o
上野とか案内してくれたぶっち
そして企画してくれたしゃる、なべ、ふぃれ
ありがとーございました。

ああ、
秋葉でオトナのデパート入って以来
箱に入ってるもの全てがオナホに見えます。
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by pyababy | 2007-02-20 21:21 | 日常

時間は金で買う

某所を巡ってて、「偉い人は時間を金で買う」などといった記事を見かけました。

教育に対する投資をおろそかにせず、先行投資としてガンガンつぎ込む方が、結果的に多くのお金を生み出すといったニュアンスです。

なかなかそんな理想な環境で生きることなんてできないんですけど、高学歴の人のほとんどは、親の財力による教育への先行投資というものが大きいように感じます。

納得したくない現実ですよね。
金がない奴は、偉くなるのが難しいといったことに直接繋がっていきますから。

一部の努力家やホントの天才なんかを除いては、生まれてきた段階で人生が決まってしまうことになるような気がしたりします。

そんな観点からは、僕は負け組の生まれではないみたいなんですが、勝ち組の人生にはあまり憧れたりしません。

僻みとかは多少あっても、金を稼ぐためだけに生きてるみたいな人間には、なりたくないなーってのが僕の中で大きなものになりつつあります。
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by pyababy | 2007-02-17 01:28 | 日常

紙一重の嘘

たまには嘘もいいなって思うときがあります。

ホントのことを知ることだけが常に正しいんじゃなくて、嘘をホントと思えることもすごく大事なことだと思ったりもします。目をつぶりたくなるような現実より、それを隠してくれる嘘を知り、それを真実と信じることの方が自分のためになるのかなと。

結局のところ、自分の中の何かを変えることができたのなら、そのきっかけが別に真実のことじゃなくてもいいと僕は思います。

たとえ真実じゃなくても、そのとき信じた、そのとき自分を変えた出来事は、主観的には一時的にでも真実になれたから。

こう考えると、真実ってものはすごく主観的なもので、客観的にみたときはなんでもないようなその辺に転がっているものなのかもしれません。

ある人と話していたんですけど、世間一般で言う客観的にみた幸せを手に入れることと、自分の中だけの些細な主観的な幸せを手に入れることは、どちらが正しいかなんて、答えは出しようがありません。

でもきっとこれが、真実なんじゃないかと思います。
こうやって自分の中での出せない答えを、自分の中で決めていくことが、自分の中の真実になるんじゃないかと。答えが出せなくても、答えが出ないことが真実じゃないかって。

だから実際は、嘘もホントも紙一重じゃないかと、思うところです。
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by pyababy | 2007-02-16 02:15 | 日常

言葉の裏にある言葉

ガキの頃から疑り深かったせいか、ものごとを深読みしてしまう癖が抜けません。

明らかに釣りのような発言でも、これは逆に釣りではなく実はマジで厨じゃないのかって思ったり、釣られているように見せかけてそれに対する発言を釣り出そうとしている、知的な釣りじゃないのかなんて思ったりします。

ガキの頃も、簡単な試験があったりすると、実はこの答えはもっと難しいんじゃないのか、なんて思ったりして簡単な問題の方が苦手だったりしました。

難しい問題だと、ひねる部分は決まってくるのでそこを地道に解けば正しいものを導き出せるだけに、簡単すぎると逆に深読みしすぎて無限ループになっていました。

最近は他人の発言に対しても深読みしてしまうことが多いです。
こいつはこの発言をすることで今後の俺に対して優位につこうとしてるんじゃないかとか、実はこれがほしいけど欲を見せないためにこっちをあえて選ぼうとしてるんじゃないか、なんて考えちゃったりします。

多分ですが、8割くらい深読みが正解のような感じがします。
カマかけてみると、ほとんどの人が反応しますし。

まぁ自分に当てはめて考えると、僕だけかもしれませんが口に出してる言葉の裏に、何かしらの違う思想を持っていることが大半ですし、うわべだけの言葉なんて無意味ということを考えさせられます。

でもこれも、ほんとに単純に「これがいい」なんて考えの人が僕にとっては一番難しくて、逆にもっと僕が考えつかないような何かをこいつはしかけてるんじゃないかっていう、無限ループが繰り返されるわけです。

それが時には疑心暗鬼に繋がったりするんですが、他人のその裏にある心理を読み、それをつなげていくと、案外でたらめなことを言っているような友人ですら、実は筋が通っている人間だということにも気がついたりします。

こうやって考えてしまう癖が付いてしまった僕は、他人の素直な気持ちを素直に受け入れることが日に日に難しくなってしまっているという、人間としてあまり良くない方向に向かってしまってます。
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by pyababy | 2007-02-14 23:16 | 日常